2.Newcomer (2)  



「ああ、そう言えば。ミスター・ベルザーの孫は見つかったんだっけ?」


そろそろ印刷された文字が踊り始めたので、綱吉は書類から目を上げた。

視線をずらしてみると、大きな窓から差し込む光は随分と弱まっている。
だんだんと夜の闇が広がっていく風景にとけ込み始めた家庭教師を振り返れば、カメレオンを腕に乗せた少年が、目深に被った帽子の下からこちらを見ていた。

「いや、まだだぞ。ジョール・ベルザーの息子は消したけどな」
「そっか。・・・ん?息子、ってベルザー商会の代表取締役だったよね」
「51歳だからな。株暴落や不祥事が続いた衝撃で心臓麻痺になっても、そこまで不自然じゃねえ」
「・・・ふうん。まあ、彼が死んでもミスター・ベルザーは悲しまないだろうけど・・・孫はねえ・・・」
「おいダメツナ、まだそんな事言ってんのか」

複雑そうなボスの言葉に、カメレオンを肩に乗せながらリボーンは不機嫌そうに呟く。
どうも綱吉は、初対面だった割にミスター・ベルザーへ思い入れがあるらしい。

「俺さあ、お祖父ちゃん居なかったからなあ・・・。どうも「おじいちゃん」に弱いみたいだ」

リボーンは、困ったように笑う綱吉を軽く睨んで、腰掛けていた窓から降りた。

「お前には、もう「おじいちゃん」ならいるだろ」
「九代目?・・・いや、まあ、うん・・・」

70を過ぎても現役バリバリで女性をナンパし、悠々自適にサイパンで隠居生活を送るゴージャスな九代目は、どうも綱吉の「おじいちゃん」像には当てはまらないらしい。
その言葉にリボーンは付き合っていられるか、と元の定位置に戻った。

「うーん、弟はそれなりに理想通りなんだけど」
「・・・なんだと?」

その言葉にリボーンの声がワントーン下がった。

綱吉の弟分と言って思い浮かぶのは泣き虫格下牛か電波ランキング少年ぐらいである。
散々手を煩わせられた奴らが、理想通りか。

あからさまに不満そうなヒットマンに、綱吉は微笑んだ。

「泣き虫で手の掛かるランボも、一生懸命俺を慕ってくれるフゥ太も・・・自信家で自尊心の強いお前も、俺の大事な弟だよ。うん、俺の理想通り」

にこにこと幸せそうに笑う教え子を見て、リボーンは何とも言えぬ気恥ずかしさを感じる自分を誤魔化せなかった。
それを見て取って、綱吉の笑みが更に深まる。

「リボーン、ちょっとおいでよ」

執務机から立ち上がった綱吉は、その前に置かれたソファにゆったりと座ると、リボーンを手招きした。

「大丈夫、その窓防弾ガラスだし。それに、どこからも死角になるようにソファを配置したのお前だろ?」

自分の定位置を離れるのを渋る少年も、日だまりのように暖かな綱吉の雰囲気に、仕方がないと息をついて立ち上がる。
そのまま綱吉の前まで行くと、床に膝をついて綱吉の首に手を回した。
子供にしてはやや体温の低いリボーンの身体を抱きしめて、綱吉はそのまま体重を背もたれに移す。
リボーンは、綱吉の心臓の音を耳元に聞きながら目を静かに閉じた。

「ごめんね、いつまでもミスター・ベルザーの話を引き摺って。ボスらしくないね」
「・・・」
「でも、心配しなくても良いよ。お前も、ボンゴレも置いて何処かには行かない。
もう、置いていったりはしないよ。だから、そんなに焦らなくて良いんだ」
「・・・当然だ」

布越しでややくぐもった少年の声を聞き、綱吉は苦笑した。
強気な声のわりにリボーンの手は綱吉のスーツを握っている。



綱吉の左肩に残る傷跡が消えないように、リボーンの精神に植え付けられた喪失への恐怖も消えはしないようだ。
その一件に関して、自分に完全に責任があることを承知している綱吉は、ただ年相応の様子の子供を抱きしめた。




さて、上司と同僚が完全に別世界を形成していることなど露知らず、山本は日が暮れた海岸で、黙り込んだ少年と肩を並べて座っていた。

風が寒い。
潮風が容赦なく吹き付けてくる。

「なあ、寒くねぇの」
「・・・」
「俺は寒いんだ」
「・・・」

前方を見据えたままのルースを、どうしたもんかと見遣って山本は珍しく溜め息をついた。
彼を適当に処分して、財布を取り返して本部に帰ればよいのだが、どうも綱吉に似ているからかルースに手を下す気が起きない。

「結局お前は何がしたいんだよ」
「・・・お祖父様を、アイツ・・・お前達ボンゴレがお祖父様を殺したんだ・・・」
「・・・お前のじいちゃん・・・ジョール・ベルザーか」
「・・・」

そういえば、と山本は資料の中身を反芻する。
ジョールは息子のロベルとこそ折り合いが悪かったが、孫は目に入れても痛くないほどに可愛がっていたらしい。
ロベルは商売の手腕にかけては定評があれども、人間としては最悪で、闇社会でも顔を顰められるような男だった。
そんな父親よりは、傀儡であろうとも人格者である祖父の方が、子供の目には好ましく映ったことだろう。

「・・・そっか」
「・・・」
「それじゃあ・・・」

山本の突飛な提案は今更だけどさ。
山本がルースにした提案に対して、後に綱吉は苦笑しながらそう呟くことになる。

「なんでお前のじいちゃんがボンゴレに殺されることを望んだか、お前自身で確かめて見ればいいさ」
「は・・・?」

この遣り取りが、後にボンゴレの歴史に名を残す事態に発展しようとは、提案者である山本自身が一番分かっていなかった。



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