2.Newcomer (3)  



「十代目ぇっ!」


「・・・獄寺君、扉を蹴破るのと、ネクタイを締めるのと、ダイナマイトを服に仕込むのを同時にするのは、色んな意味で危ないから。って、何でネクタイがほどけてるんだこのスケコマシ・・・ってか、扉、何枚目?今月に入って壊したの」

にっこりと笑顔のまま、綱吉は自分の右腕へツンドラの目線を向けた。
それに気付くことなく獄寺は報告を始める。

「山本が帰ってきました!」
「・・・それだけ?」
「ええっ!?」
「いや、山本が帰ってこないことの方がよっぽど驚きだよ!」

不必要と思えるほどにオーバーなリアクションをする獄寺に、綱吉は一瞬本気で「オー人事、オー人事」をダイヤルしようと決意しかけた。
そこへ、獄寺の挙動不審の主原因であろう山本が顔を出す。

「よっツナ!帰ったぜ〜」
「お帰り山本。で、なんで獄寺君はいつも以上に錯乱してるんだろ?」
「あーコイツのせいじゃねぇ?」

「おいっ人の襟首を掴むなっ」

ひょいっと山本が背後から連れ出したのは、ヘイゼルの瞳に色素の薄い髪の少年。

「・・・オー人事、オー人事って・・・ああ、これ国際電話か」

その少年の正体に気付き、呆れ返った綱吉の呟きは、喧喧騒騒(一方的に)とする獄寺と山本の遣り取りにかき消された。




「で?その子は?まあ、あんまり聞きたくないけど」

やっと事態の収拾を付けて、綱吉は仕切り直すように山本へ話を振った。

向き合った三つのソファには、上座に綱吉が座り、右のソファに獄寺が左のソファに山本と少年が腰掛けている。
ちなみに五月蠅いので獄寺は縛り上げられていた。
リボーンは綱吉の背後に立って、そんな様子を見ている。

「コイツは・・」
「ルース、ルース・ベルザー」

話を振られた山本が少年を紹介するのを遮って、ルースは挑みかかるように綱吉を睨みながら名を名乗る。

「ミスター・ベルザーのお孫さん、だね。初めまして」
「・・・」

ふいっと視線を背けられ、完全に無視されたが、特に気にも留めずにそのまま親友を見遣った。

「山本、それで、このルース君がどうしたのさ?」
「じいさんがなんで死んだのかが知りたいんだとさ」
「・・・へえーそれはまた、難題だねぇ」

そんなことを言われたところで、綱吉に出来ることなど、現状説明以外に無い。
人間は、人間を殺すことはできても生き返らせることは出来ないのだから。

「・・・知りたいんだ、なぜ、お祖父様はお前達に殺されることを望んだのかを」
「うーん、知りたいと言われても・・・」

「良いじゃねぇか」

思わぬ所から、予想外の言葉が漏れた。

「リボーンっ?」
「知りたいなら、このボンゴレに居ればいい。好きなだけな」

不遜な笑みを浮かべたまま、リボーンの漆黒の瞳がルースへと向けられる。
世界最強のヒットマンの眼光に、怖じ気づくことのないヘイゼルの瞳が交差した。

「なに言ってるんですかリボーンさん!?こいつ、ベルザーの残党ですよ!?」

いつの間にやら猿ぐつわを外した獄寺が声を上げる。

「それがどうした」
「なっそんな・・・!」

しかし、そんな獄寺の抗議はどこ吹く風と、リボーンは斜め前に座る綱吉へと視線を寄越した。

「・・・良いだろ?ボス」
「こういう時だけボス呼ばわりするんだから・・・。ルースくんをボンゴレに置くことで生まれるメリットは?」
「ボンゴレが、ベルザー家の資産を運用する大義名分。ベルザーの残党への威嚇。・・・それから、ボンゴレが寝首を掻かれないようにする緊張感だな」
「・・・最初の二つは良いとして・・・寝首?」

訝しげに顔をリボーンへ向けて、綱吉は年少の家庭教師に問う。
その問いを受け、リボーンは軽く鼻で笑った。

「わかんねぇのか、ダメツナ。そのガキはウチの副幹部ぐらいの腕はあるぞ」

ボンゴレの副幹部といえば、素手でも抗争を生き延びられる程度の能力がある。
今年で12歳のルースが、それほどの腕を有しているのなら、感嘆に値することだった。

「・・・それは、凄いね」

まだ幼さを色濃く残す少年を見遣って、綱吉は半ば本気で感心しながら家庭教師の言葉の続きを待った。

「最近お前は守られることに慣れてきちまったからな。たまには狙われる緊張感を味あわねぇと、腕が鈍るぞ」
「・・・え、なに、ルースくんは適度な刺激がわり!?」
「いいじゃねえか、新しい弟だとでも思えば」
「いやいやいや!絶対評議会のじいさん達が納得しないから!」
「古株の幹部連中は九代目が何とかしてくれるぞ。ジョール・ベルザーと九代目は旧知の仲だったからな」

綱吉の言葉もどこ吹く風と、リボーンは全く取り合わない。
一度言い出したら聞かない(聞いてくれない)家庭教師に、最後は綱吉が折れた。

「はあ・・・また頭痛の種が増えた・・・」
「良いんですか十代目!?」
「良いわけないじゃん。リボーンを説得する話術が、俺に無いだけだよ。それとも、獄寺君にリボーンが説得出来る?」
「出来るわけないっすよ!」
「なら、諦めるんだね。ま、寝首かかれないように頑張ろっか・・・はぁ・・・」

諦めたような顔でそう言って、綱吉は深々と溜め息をついた。

目を上げて部屋を見渡せば、疲れを増幅する光景が広がっている。

良かったな、と脳天気にルースの頭を撫でようとして避けられている山本。
縄でぐるぐる巻になったまま、説得するための言葉に詰まる獄寺。
14歳の癖にどこまでも傲岸不遜なリボーン。

オー人事、に電話したら多分幹部は総入れ替えだな。

最近増えるばかりの頭痛の種に、綱吉の眉間に皺が刻み込まれる日も近い。




こうして、何が何やら分からないうちにボンゴレファミリーへと迎えられたルースは、 不可思議な立場のまま数年間を過ごすことになる。
復讐者、という名のボンゴレの観察者として。

ちなみに、彼のファミリー参入によって、 ボンゴレ内の火器訓練・身体訓練の回数と質が上がったのは、リボーンの狙いが当たったためなのだろう。
何しろ、ルースは寝首をかくために本気で色々と仕掛けてきたのだから。

この数年後、ボンゴレファミリーへと、ルースは新しい風を吹き込むことになる。
・・・とは、この時、誰も考えもしなかった。


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