大空の高みに


刺すような日差しが降り注ぐ、真夏の国。
大陸でその名を知らぬ者はいないほどの貿易大国。
国を治める王族の、音にも聞こえた不可思議な力が守護する、恵まれた王国。

誰もが一度は行きたいと望む楽園のような国の、国境に築かれた関所を潜りながら、淡い色の髪をした少年が大きな荷物をふらふらと抱えて、前を歩く同じくらいの量の荷物を持つ少年に叫んだ。

「ちょっとコロネロ〜お前俺よりでかいんだから、もう一つくらい持てよー!」
「うっせぇぞコラ!もとはと言えば、お前が荷車を壊すからこんな面倒なことになったんだろーが!」
「よく言うよ!とどめさしたのコロネロだろ!」
「あれは不可抗力だコラ」
「どんな!?荷台が粉々に粉砕するなんて、どんな不可抗力!?あーまた団長に起こられる・・・」
「んなことしょっちゅーだろダメツナ」

ダメツナと呼ばれた少年は、太陽光にきらきらと金髪を煌かせるコロネロを恨めしげに睨んでから、はぁ、と肩を落とした。
王国へと続く広い広い街道を歩きながら、少年達は始終そんな様子でテンポ良く言葉を交わしていく。

彼らが腕に抱えているのは、色とりどりの衣装や金や銀をあしらった装飾品の入った衣装箱。
この国の宮廷で、定期的に演奏している楽団の団員達が身に纏うものだ。
もちろん、少年達もその楽団に見習いとして所属していた。

綱吉はガサガサと荷を抱えなおし、ポツリと残念そうに呟いた。

「でも、せっかく宮廷の演奏に連れて来てもらったのに・・・出鼻くじかれた感じだなぁ」
「出鼻も何も、最初にお前が寝坊して置いていかれた時点で躓いてんじゃねーかコラ」

王国の宮廷での演奏は、楽団の中でも選ばれた団員達にしか許されない名誉ある興行である。

例え見習いと言えども、礼儀作法や最低限の教養がある者しか同行することは許されない。
しかし、そんな厳しい選抜を受けて同行していると言うのに、緊張のあまり移動日の前夜眠れなかった綱吉はいつもより少しだけ寝坊をするという失態を犯してしまった。
そして結局、同じく同行を許可されていたコロネロも、そんな綱吉に付き合って本隊から半日ほど遅れて移動をしているのである。

「うぅ、ごめんね、コロネロ」

しゅん、と項垂れてしまった弟分を横目で見ながら、コロネロは尊大に鼻を鳴らして笑った。

「別に、お前のドジっぷりは今に始まったことじゃねーからなコラ。慣れた」
「反論のしようがなくて凹む・・・」
「ふん」

孤児だった綱吉が楽団に拾われてきて、その面倒を任されていたのがコロネロだった。
身体も弱ければ気も弱い弟分は、少しでも目を離すとどこかから風邪を拾ってきたり、通りがかりのゴロツキに絡まれたりするような面倒ごとを呼び寄せる体質で。
最初は面倒くさくて鬱陶しくて、積極的に関わろうとはしなかった。
けれど、どんだけ冷たくあしらっても、泣きながら必死に後ろをついてくる綱吉に、いつの間にか情がわいていた。

どうしても放っておけないのだ、なぜだか分からないけれど。

一度懐に入れると可愛がる性質なコロネロは、それはそれは綱吉を構い倒して、それなりに楽団の役に立つように育て上げ、今がある。

街道の途中にある小高い丘に登ったコロネロが、下の道で休んでいる弟分に声をかけた。
そして、その声に促されるようについてきた綱吉に、指で目的地を指し示す。

「あれが、首都だ」

白亜の城を中心に広がる、緑と人工物が融合した街並み。
大きな道が何本も走り、少し距離を置いてもその活気が伝わってくるほどに、街は活力に満ちていた―――。





豪奢な造りの部屋に、困ったような声と憮然とした声のやり取りが響く。

「殿下、今年も出席なさらないのですか」
「―――仕事はいくらでもある。それに、俺が出る必要もないからな」
「ですが・・・」
「くどいぞ」

茶褐色の髪に同色の瞳をした青年が、机の上に広げられた書類を片付けながら煩わしそうに前に立つ側近を見やった。

「なぜ自分の母の命日に、祝い事をする気になるんだ?」
「それは・・・」

いつもは穏やかな皇太子の瞳に揺らめく、苛立ちと遣る瀬無さの光を認めて、側近は口をつぐむ。

明日は、現国王の即位130年目の祝賀会だ。

この国の国王は、王族の中から宝珠に選ばれることで即位する。
そして、宝珠が国王を支持し続ける限り、選ばれた国王やその王妃、そして子どもや側近などが年をとることはない。

現国王は、歴代の国王の中でも有能な王として、130年という長きにわたりこの国を治める賢王だった。
大陸中の敬意と憧憬を集める王の即位記念日ともなれば、多くの国から祝いの使者が式に出席していた。

「誰も母上の墓には訪れないというのに、父上への賛辞には駆けつけるのだから現金なものだな」

皇太子の呟きに、側近はただ顔を伏せるしかない。

明日は、国王の即位記念日であり―――皇太子 スカルの実母である第2王妃の命日でもある。
第二王妃は、今から115年前、15年目の即位記念式典で、暗殺者から身を挺して第一王妃を庇って、亡くなった。

多くの者が、その事実を知らぬか見てみぬフリをするけれども。

「体裁が悪いから、例年通り、最初は出席するが開会儀礼が終わったらすぐに帰る。それで文句ないだろう?」
「はい、それで構いません」
「用件はそれだけか?・・・なら、下がれ」
「はい」

目の前で母を殺された子どもの傷は、そう簡単には癒えぬのだ。
毎年押し問答をするたびに、副官は自分が教育した皇太子の態度からそれを実感する。
現国王の、第二王妃への仕打ちもスカルの心を頑なにする一因ではあるのだろうが。

「―――ツナ様、私はあなた様のご子息をきちんとお育て申し上げられているのでしょうか」

今は亡き第二王妃の名を紡いで、皇太子筆頭側近 獄寺は広い廊下に立ち止まって晴れ上がった大空を見上げた。
かの人が生前よく見上げていたように。





「失礼しました」

やんわりと、けれどもしっかり怒られて、綱吉とコロネロは団長の部屋からでてきた。
先ほど宿場に到着していた楽団に追いついて、団員それぞれの衣装や装飾品を衣裳部屋に片付けて、団長に仕事を終えたことを報告しに行っていたのだ。
それなりにしっかりした造りの廊下を歩きながら、綱吉は安堵したように笑顔で頭ひとつ高い兄分を見上げる。

「良かったー団長、今日は機嫌が良かったね」
「まあ、前払い分を受け取ってきて、懐が暖かいからな」
「明日の夜か・・・楽しみだねぇ!」
「お前も俺も出ねーだろーがコラ」
「それでも楽しみだろ!あーみんなの演奏、俺も聞きたいな〜」

上の下ランクの宿なので、一階にはきちんとしたレストランがあり、制服を纏ったウェイターが階段を降りてきた綱吉たちの姿を認めて案内のためによってきた。

「お食事になさいますか?」
「ああ」
「お席までご案内いたします」

教育された慇懃な態度のウェイターに案内されて、窓際の席に座る。
そして、渡されたメニューを流し読んだコロネロが、綱吉の分の注文までまとめて済ませてしまった。
一礼して去っていったウェイターを見送って、綱吉は勝手に注文されたことに文句を言うでもなく、感心したように口を開いた。

「毎回思うけどさ、コロネロって超能力でも持ってるの?」
「は?」
「だって、俺の食べたいの、いっつも言わなくても注文してくれるだろ?」
「そりゃ、好みくらい知ってるからなコラ」
「ふぅん・・・俺、そういうの全然わかんないのに」
「それはお前がダメツナだからだぞコラ」
「えぇーそんなの関係あんの?」

くすくすと無邪気に笑う弟分を見て、コロネロは少しだけ肩の力を抜いた。

この王国に入ってから、コロネロの頭のどこかが警鐘を鳴らしている。
嫌な予感、とでも言うのか、多くの国を興行で回ってきたけれど、この国はコロネロと―――綱吉にとって、相性のよくない国のような気がした。
王国を訪れたのは、自分も綱吉も初めてなのだから、そんなことを思うのはおかしいけれど。

なんとなく、見覚えがあるのだ。
自然と人工が見事に調和しているこの街並みや、空の蒼によく映える美しい白亜の城に。

しかも、その既視感に伴われているのは懐かしさではなく、嫌悪に似た負の感情で。

「コロネロ?どうかしたのか?」
「―――別に、何でもねーぞコラ」
「ホントか?具合、悪いとかじゃなくて?」
「ああ」
「良かった」

両親を伝染病で亡くしている綱吉は、人の体調に人一倍敏感だ。
それを知ってるので、安心させるようにコロネロはうなずいた。
すると、綱吉は本当に嬉しそうに微笑むのだ。

「ねぇ、俺、後で街を見に行きたい!こんな大きい街初めてだし!」
「・・・ああ、俺も付き合う」
「うん、じゃあ、一緒に行こうな」

この国では、綱吉から目を離さない方が良い。
そんなことを内心で肝に銘じて、コロネロは運ばれてきた料理に手を伸ばした。




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