01 ずっと一緒だった 「つなよし、もう帰るよ。おばさんが夕飯を用意してくれてる」 「んー」 「つなよし」 「あとちょっとー」 赤い夕焼けが染め上げる公園に、二人の子どもの影法師が長くのびている。 彼らのほかに人影はなく、時折公園の横を買い物帰りの主婦や、帰宅する学生などが通り過ぎていった。 綱吉と呼ばれた子どもは、色素の薄い髪を夕日で淡い紅色に染めながらぺしぺしと砂の山をたたいた。 そしてにこーっと笑いながら、いくつか年上の子どもを見上げる。 「お山ー」 「うん、お山だね」 それまで不服そうな顔をしていたもう一人の子どもは、その全開の笑顔に諦めたように笑って手を差し出す。 「さぁ、帰ろう」 「きょーちゃん!」 嬉しそうに伸ばされた泥だらけの小さな手を、同じくらい小さな手が大事に大事に包み込んで、ゆっくりと引き上げた。 そのまま空いた手でパタパタと綱吉のズボンをはたいてから、繋いだ手をそのままに砂場から歩き出す。 どこかの家の夕飯の匂いや、夏の名残のカナカナゼミの鳴く声が、子ども達の帰り道を微かに彩りながら流れていった。 「・・・今日は和食かぁ」 ジリジリと鳴り響く耳障りな音をベッドヘッドから叩き落して、綱吉はむくりと起き上がった。 ぼんやりとした寝起きの頭でも、台所から漂ってくる朝食の―――味噌汁の匂いは識別できた。 のろのろと寝汗で張り付いた寝巻き代わりのシャツを脱いで、クローゼットにかけられた半袖のカッターシャツに袖を通す。 昨日面倒くさがって椅子の背にかけておいた制服のズボンは、微妙な感じにくたりとして、変なところに皺がよっていたが、気にせず足を突っ込んだ。 未だ閉められたカーテンから差し込む光で、今日も暑くなりそうだとげんなりしながら、床に散らばっているペンケースやらノートやら教科書やらを、おぼろげな時間割にあわせて鞄に入れていく。 ―――体育はなかった、ならば体操服を忘れる心配はない。 「ツっくーん、起きてるー?もう8時よー」 「今行くー」 階段の下から母ののんびりとした声が聞こえてきて、それに生返事を返しながら、乱雑な部屋を後にした。 なんだかんだ受験を潜り抜けて、近所の県立並盛高校に入学して3ヶ月。 中学時代ダメツナと呼ばれていたわりには、うっかり地区の中堅レペルの高校に合格してしまい、夏期講習などと言う面倒極まりないものへの出席を余儀なくされていた―――全校生徒対象なのが、せめてもの救いと言えば言えなくもない。 夏季休業課外と称しているくせに、何故出席をとるのか―――しかも三回連続遅刻で反省文なんて! 綱吉は、恐らく全校生徒の8割が思っていることを内心で愚痴りながら、七月終わりの日光に耐えながら通学路を歩く。 せめてもの救いは、受験学年の3年と違い、他学年は朝課外がないことだ。 彼らは夏休みの間も平常授業と同じく、朝の7時30分には登校して授業を受けているのだからご苦労なことである。 自分も2年後はああなるのかと、憂鬱な気分にはなるが、それは幸いなことに今ではない。 校門を潜り、トロトロと坂道を登り終えて、生徒用昇降口へ入ったのと同時に、ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。 綱吉と同じように昇降口にいた生徒達は、その音に追い立てられるように走り出したが、昇降口から1番近い教室の生徒である綱吉はマイペースに上履きに履き替えていた。 「君、早く教室に行きなよ」 凛としたよく通る声が、左耳を通過するまでは。 その声を聴覚で認識した途端、綱吉はそれまで丸まっていた背筋をピンと伸ばして、ものすごい勢いで上履きに履き替えると振り返った。 「ひ、ばりさん・・・!」 「うん、そう。もうホームルームは始まっているよ。急いで」 「は、はい!すみませんでした!!」 昇降口の入り口に立っているのは、並盛高校の制服はブレザーであるはずなのに、そして真夏であると言うのに、真っ黒な学ランを肩に羽織って、悠然と腕を組んでいる人物。 風紀委員でありながら学校最強の不良、雲雀恭弥。 彼の気に障ろうものなら、肋骨の一本二本は安いもの、確実に病院送りは免れない。 誰も逆らうことのできない、並盛の秩序と恐怖の象徴。 そんな彼に、ダメツナを自他共に認める綱吉が逆らえるはずもなく、促されるままに脱兎のごとく駆け出した。 ―――彼と幼馴染だったことなど、もう遠い昔。 ホームルームが終わり、一限目の教科書とノートを鞄とロッカーから引っ張り出して、窓際の前から4列目の席に座る。 実はこの席は最高のぼんやりゾーンだと、綱吉は勝手に思っていた。 一番後ろの6列目ほどサボりを注目されず、さりとて1、2列目のように手元のノートを覗き込まれることもない。 そんな席に座って、先ほどの光景を思い返す。 雲雀は、自分のことを覚えているだろうか。 ―――まぁ、成績は抜群に良いらしいので、忘れていることなどありえないだろうが。 ただ、雲雀にとっての綱吉が、幼馴染と言った存在ではなくただの一生徒に過ぎないだけで。 学年きっての落ち零れ沢田綱吉と、校内―――むしろ地区内最強の雲雀恭弥が幼馴染だと言うことを、恐らく並盛高校の生徒は誰も知らない。 綱吉自身も、自分などが幼馴染などというのはおこがましと思っていたので、特に誰にも行っていなかったし、雲雀に至っては、そもそも人とつるむことを好まなかったからだ。 小学校まではよく一緒に遊んだり、雲雀が綱吉の家に泊まったりすることもしょっちゅうだったが、1歳上の雲雀が中学に入ってからは殆ど交流が途絶えてしまった。 そして雲雀が、風紀委員と呼ばれる不良達を支配下にして、地区内で暴れ始めてからは、綱吉は雲雀と接触する機会を失ってしまった。 小学生と中学生では、活動時間も範囲も異なるのだから、仕方がないと言えば仕方がなかったが、ずっと一緒にいた大事な幼馴染が、自分を全く気にかけなくなったことが無性に寂しかったことを今でも覚えている。 鳴らしても出ない電話、押しても返事のないインターフォン―――冴え冴えとした黒い瞳に宿る、冷たく鋭い光。 その全てが、綱吉を怖気づかせ、雲雀から遠ざけた。 “きょーちゃん” 声には出さず、口の形だけでそう呟いて、綱吉は始業のチャイムとともに他のクラスメイト達に倣って立ち上がった。 ずっと一緒だったのにね。 Next Back |