02 子供の頃は可愛かったのに 夏季休業課外と称されたところで、並盛高校風紀委員長 雲雀恭弥のライフサイクルが変わるわけではない。 起床して、まだ誰もいない時間に登校し、そんな雲雀よりも早く登校している他の風紀委員が窓を開けて回った校内を歩き、すでに微風の冷房が優しい涼しさを提供する応接室に至る。 そこで活動表などの書類を一通り眺めてから、3年が通学してくる時間帯になると校門に立って、遅刻者の取締りをする。 ―――夏季休業中は、登校時間が二つに分かれるので面倒くさいが、そこまで学校側の方針に口出しするのも面倒であり、その辺りは目をつぶることにした。 そして、課外開始のチャイムとともに一度応接室に引っ込んで紅茶を飲みながら寛いで、8時20分頃に再び校門に立つ。 誰もが、雲雀と目をあわさずに心持ち急ぎ足で校門を潜っていく。 脆弱な草食動物、と特にそう言った生徒達を気にかけることもしないで、雲雀は淡々と登校してきた生徒を眺めていた。 そして、無意識にその生徒の中から幼馴染みを探して内心溜息をつく。 今日もギリギリみたいだね。 家は近所なクセに、いつもホームルームギリギリに登校してくる、癖の強いひよこの様な髪をした生徒。 他の生徒と同じように、雲雀を見て怯えた目をする草食動物の代名詞 沢田綱吉。 家が近所で歳も近かったため、それこそ生まれたときから雲雀と一緒に育ってきた少年である。 ―――その割に今はまったく交流がないが。 昔は弟のように思って可愛がっていたが、中学に入った辺りから疎遠になり、今ではその辺の一般生徒と同じ程度の認識しかない。 向こうも、雲雀のことを他の生徒と同じく恐れているようだから、自分ばかりが疎遠になったと言うわけでもないようだ。 昔は可愛かったのに。 雲雀を心から信頼して、誰よりも懐いて、一生懸命雲雀の後を追いかけてきてくれた子。 後にも先にも、あれほどまでに自分に身を預けてくれる存在はいないだろう。 だからとても可愛かった。 だからとても大事だった。 雲雀が横を通り過ぎるだけで身を強張らせる今となっては、はるか昔のことのようで、現状から言えば本当に幼馴染みと言えるのかさえ怪しいところだ。 まぁ、フィクションのように、幼馴染みだからと言ってずっと仲良くしていられるわけもなく、時間軸も考え方も立場も違ってしまえば、過ごした時間に関係なく疎遠になっていくものなのだろう。 『きょーちゃん!』 にこにこと心から嬉しそうに紡がれる自分の名は、その時だけはとても誇らしいものに思えたのだけれど。 つらつらと考えているうちに、登校する生徒の人影がまばらになってきた。 それを認識して、雲雀は校門から離れて昇降口へと立ち位置を移動する。 昇降口では、生徒会による挨拶運動が行われていたが、かしましいだけのその挨拶の花道も、雲雀が通るときだけは一瞬威勢が削がれた。 「なに、それで挨拶してるつもりなの」 「お、おはようございます!」 ちらりと生徒会長を見やれば、やや上ずった大きな声で挨拶が返ってきて、雲雀は静かに肩をすくめた。 ―――真面目で一本気な「だけ」の人間は苦手だ。 見ていて疲れる。 そんなことを思いながら、そのままスタスタと昇降口に入り、上履きに履き替えたところでホームルームの開始を告げるチャイムが鳴り響き、一気に周囲の生徒達は走り出した。 一人それを悠然と見送って、雲雀は昇降口から廊下に出る。 しかし、慌しく生徒がかけていく中、昇降口からカタン、と下駄箱の扉を開くのんびりとした音がして秀麗な眉を顰めた。 一年の昇降口から聞こえたその音に向かって歩けば、学年カラーである赤い色の上履きをノロノロと履いている色素の薄い髪の少年が一人。 そのふわふわと動作にあわせて揺れる、日本人離れした亜麻色の髪が、夕日に照らされると淡い紅色になることをふと思い出した。 ホームルームが始まると言うのに未だに昇降口で愚図ついている生徒に警告をするのは風紀委員の役目である。 雲雀の口は条件反射的に、無感情な言葉を紡ぎだしていた。 「君、早く教室に行きなよ」 その声に、綱吉はばね仕掛けの人形のようにビクンと反応して、慌しく下駄箱に靴を突っ込んで扉を閉めると、急いで下においた荷物を抱え上げながら雲雀の方を見た。 「ひ、ばりさん・・・!」 「うん、そう。もうホームルームは始まっているよ。急いで」 「は、はい!すみませんでした!!」 そう言って脱兎のごとく駆け出した少年の後姿を見送って、雲雀は珍しくも本日二回目の溜息を心の中でついた。 あそこまで警戒することもないだろうに―――まあ、気に障ったら恐らく容赦なく噛み殺すが。 とはいえ、最初に綱吉からの接触を避けたのは(避けるつもりもなかったが)雲雀の方からで、そこから現在に至るまでに溝がここまで開いてしまったのだから、綱吉ばかりの責でもない。 「昔は可愛かったのに」 誰もいなくなって閑散とした昇降口に、ぽつんと呟きが押したが、夏の暑い風が吹き抜けて、その呟きは誰に届くこともなかった。 雲雀はしばらく昇降口から続く廊下に佇んでいたが、やがて優雅に踵を返して、教室棟を通り過ぎて職員棟の1階にある応接室に戻っていった。 そして重厚で大きな机について、もう届けられた各クラスの遅刻者の報告などに目を通す。 幾枚か紙を滑らせたところで、不意に目に留まる名前があった。 1年A組 遅刻者1名 沢田綱吉 その文字を見て、雲雀はそれまで流れるように動いていた手を止めた。 「つなよし」 声には出さず、唇だけで静かにその名を呼んで雲雀はゆっくりと背凭れに身を預ける。 昔は可愛かったのに。 Next Back |