06 もう昔と同じじゃない


「何が、変わったんだと思いますか?」
「―――環境、思考、目線」

「じゃあ、感情も?」

「―――・・・さぁ?」

少なくとも、君は僕を怖がっているみたいだね。

「それは雲雀さんが―――」
「沢田が、悪いんだ」

どこの小学生ですか、あなた。

ふうと零れた溜息は、居間の空気と同化して、静かに空間に満ちていった。




綱吉が不良に絡まれ、公衆トイレで失神してから1時間と45分37秒。

時計は4時過ぎを示しており、綱吉が気を失う前に見た夕日が幻であったことを告げている。
まだ9月の初旬なのだから、聞こえてきたカナカナゼミも幻聴なのだろう。

記憶の混同、というヤツか。

ボーっとソファに座ってそんなことを思いながら、足を組んでゆったりと座っている幼馴染みを眺めた。
どういう気まぐれか、雲雀は失神した綱吉を自宅につれて帰ってくれたらしい。

懐かしい部屋の間取り、見覚えのある家具、鼻をくすぐる木材の香り。

それら全ては、綱吉の記憶の中にある雲雀家そのもので、見回せばいたるところに何らかの思い出が残っていた。

綱吉がお味噌汁をこぼした食卓、雲雀と並んで宿題をしたTVの前のローテーブル、綱吉がいつも使うコップの入った食器棚に、遊び疲れて一緒に昼寝をした茣蓙の敷かれた床。
そう言えば、昔、エアコンが壊れて冷却水が逆流してきたことなんかもあった。

「そんなに珍しいものが置いてある?」

あんまり綱吉がキョロキョロするものだから、雲雀は呆れたように声をかけた。

「え、あ・・・なんか、懐かしいなって。俺、ここに来たの4年ぶりくらい、ですよね?」
「そう―――そうだね」
「昔はよく来たから、余計に懐かしいのかな・・・」

自分に向けられた台詞ではないということは、綱吉のどこか遠くを見る瞳を見れば瞭然としている。
だから雲雀は、あえてそれに答えず口をつぐんだ。
音を立てずに回る秒針の電子音だけが、静まり返った部屋に音を提供している。

今日の、いや、今の、彼のテリトリーにいる雲雀なら、怖くない―――かもしれない。
4年間足を踏み入れることのかなわなかった、幼馴染みのテリトリーの中で、綱吉は再び口を開いた。

「何が、変わったんだと思いますか?」
「何も」

少なくとも、僕は何も変わっていないよ。

確かに、小学校のころから自分の気に食わない人間に対しては酷い人だった。
清清しく帰ってきた答えに、綱吉は思わず同意しかけながらふるふると首を振る。

「じゃぁ、俺が変わったんですか?」
「―――さぁ?それほど顕著な変化は認められないけど」

それは俺が成長してないってことですか。

確かに、小学校のころから人の顔色を伺ってオドオドしているダメツナだった。
しっかり思い当たる答えに、綱吉は思わずガクリと脱力しながら溜息をついた。

「じゃぁ、なんで、昔と・・・違うのかなぁ・・・」

何が、変わってしまったんだろう。

「世界」
「へ?」
「別に」

今、なにやらとてもスケールの大きい答えが帰ってきた気がする。
綱吉は、雲雀の答えをゆっくりと脳内で咀嚼した。

世界が、変わってしまった?
別に男女の性別が入れ代わったわけでも、魔法が使えるようになったわけでも、某猫型ロボットが発明されたわけでもない。
何の世界が変わったのか。
―――誰の世界、が?

昔、綱吉の世界の半分は雲雀が占めていた。
もう半分は、言うまでも無く母親の奈々だったけれど、家から出た外の世界の全ては雲雀だった。
それ以外なんて、興味がなかった。

今、綱吉の世界には山本がいて、獄寺がいて、初恋の相手である京子や初めて綱吉に告白してきたハルがいる。
雲雀とは別次元で、綱吉は彼らを大切に思っていた。
親友達がいる場所と、雲雀がいる場所は、綱吉の中で完全に分離していたけれども。

だから、昔と違う、のだろうか。

「ひばっ」

「昔と同じである必要が、あるの?」

綱吉の言葉を遮るように、雲雀の、純粋な疑問の声が、形の良い唇から紡がれた。

「―――」
「そんなに、昔が良かったの?」
「そ、れは―――」

「昔と違うことの、何が嫌なの―――ねぇ、つなよし?」

夜の闇のように、深い深い闇の色に覗き込まれて、二の句が告げない。

自分は、昔と同じじゃないことの何に、反発しているのだろう。

「お、れは―――」
「僕はね―――」




昔と違う。
昔と同じじゃない。

―――それの何が許せなかったんだろう。




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