お届け物です。


“身に覚えのない配達物にはご用心”

新手の詐欺や悪徳商法に対しての警戒を呼びかけるチラシが、まるで綱吉を嘲笑うかのように、古びて錆び付いたポストから舞い降りる。
既にアパートから見える通りには、出勤をするサラリーマンや、楽しそうに騒ぎながら登校していく小学生の一団があり、彼らにはいつもと変わらない朝なのだと実感した。
ぐしゃりとそれを握りつぶして、目が痛くなるような朝日輝く青空を見上げ、声にならない叫びを上げる。

―――俺に日常を返して!




ああ、そうだとも、認めるよ。
たしかにあの時は睡眠欲に負けたんだよ。

綱吉はそんなことを鬱々と考えながら、重い足取りでアパートの一階にある自分の部屋へと仕方なく戻る。
そして、かちゃり、と恐る恐る扉を開けて部屋を覗き込めば、我が物顔でソファに陣取り朝の天気予報を見ている子どもが一人。

すんなりと伸びた手足を曲げて、膝を抱えるようにして詰まらなそうにテレビを見ている子ども。

そこだけ、まるで絵画かなにかのように景色から浮き上がって見えるほど、その子どもの容姿は綱吉の部屋に場違いなほど整っていた。
すっと通った鼻筋に、形の良い薄い唇、そして、磨き上げられた大きな黒曜石がはめ込まれた、白く、まるで高価な陶器のように滑らかな相貌を、艶やかな漆黒の髪が縁取っている。

そう、その子どもは、まず間違いなく、綱吉がこれまであった人間の中で最高に美しい人物なのだが。

「おせーぞ。新聞取りに行くのになにもたもたしてやがるダメツナ」

こちらに顔を向けることもなく紡がれた言葉は、人形じみた美しい相貌から発せられる物にしては、無愛想で、突っ慳貪で、乱暴だった。
綱吉は、子どもの発した罵声にも等しい台詞を聞きながら、泣きたいような気分で溜め息をついて、自分の眼前に広がる非常事態を再確認する。

「・・・はぁ・・・やっぱり、夢じゃないんだよなぁ・・・」
「ああ?まだ、んなこと言ってたのか。順応能力なさすぎだぞ」
「いや、こんな事態をすんなり飲み込めるような順応能力なんて普通持ってないから!」

がっくりと玄関口で肩を落とす綱吉に、テレビから視線を外した子どもが呆れたような、心底馬鹿にしたような台詞を投げた。
それに反論しながら、綱吉は居間へと向かう。
だが、そのままぶつぶつと愚痴りながらも、キッチ<ンに立って朝食の準備を始めた綱吉に、子どもはなおも声をかけた。

「仕方ねぇーだろ。お前が、10代目なんだから」
「だから、なんなんだよ、その10代目っていうのは」
「・・・それを話すのは、俺が飯を食ってからだ」
「はぁー・・・まったく・・・それじゃあ、何も分からないよ・・・えっと・・・リボーン?」
「おう」

綱吉に名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、リボーンと呼ばれた子どもは、口元を笑みの形にしてソファから立ち上がると、音もなく台所まで歩いてきて料理中の綱吉の腰に抱きついた。
ひょろりとした細腕の一体どこにそんな力があるのか、綱吉は力任せに抱きつかれて思わず蛙のようなうめき声を上げる。 しかし、リボーンはそんな様子に頓着することなく、綱吉の腰にぶら下がった。
リボーンは5歳位の体つきだから、重いと言うことはないのだが、如何せん綱吉は料理中で、利き手には包丁が握られている状況である。

「ちょっと、こら、危ないだろ。料理の邪魔するな」
「構うな」
「構うよ!あのねぇ、手元が狂って怪我でもしたらどうするんだよ」

そう言いながらベリリッと子どもを引き剥がして、綱吉はリボーンの前に膝を折って、子どもと目線を合わせながら軽いお説教をした。
実家にも小さな子どもが居たためか、綱吉のお説教は堂に入っている。
それが気に入らなかったのかなんなのか、リボーンはふいっと顔を背けて、再びソファへと戻って今度は手近にあった雑誌を読み始めた。
綱吉は、そんなリボーンを視界の隅に留めながら、軽く肩をすくめて手早く料理を仕上げていく。

出来上がったのは、いつもより多めな二人分の料理。




そもそもの発端は、夜中に届いた大きな荷物だった。

その日、やっと大学のテスト期間を乗り切って、寝不足でふらふらだった綱吉は、一分一秒でも早くベッドにダイビングしたかった。
だから、夕方に届いた異様に大きい宅配物を訝しみもせずに受け取って、中身も確認せずに適当に居間に放置すると、そのままベッドに潜り込んで眠ってしまったのである。

自分が大きな失態を犯してしまったのだと気付いたのは、翌朝、開けた覚えのない宅配物が開かれ、見覚えのない子どもが自分の腹の上で眠っているのを発見した時だった。

朝の光に反応して瞼を持ち上げれば、滅多に見かけない、絵から抜け出してきたような整った顔立ちの子どもが自分の腹の上で気持ち良さそうに眠っている。
半覚醒状態でも、寝ぼけ眼でも、それぐらいは認識できたので、その瞬間、綱吉は自分でも理解不能な悲鳴を遠慮なく上げて飛び起きた。
もちろん、綱吉の腹の上で熟睡していた子どもも布団と一緒に跳ね上げられて、次の瞬間には殺気だった物騒な光の宿る瞳が綱吉を睨め付けていたけれど。

それから子どもは自らをリボーンと名乗り、お前が10代目だな、と言って、しげしげと興味深そうに綱吉を眺めた後、うだつが上がらねぇやつだなと鼻でせせら笑った。

初対面の子どもにそんなことを言われて、さすがに色々と混乱していた綱吉も腹を立てたが、彼の言葉などどこ吹く風と受け流して、リボーンはさっさとソファに陣取ると、愛想の欠片もなく朝食を要求し始めた。
―――ちなみに、なんで箱の中から子どもが!?これって誘拐!?なんかの事件!?けけけ警察!!!などといった、綱吉の極めて一般的な反応は全て黙殺された。




そして冒頭に戻るのである。

使い終わったフライパンを簡単に水洗いして、湯気の上がっているオムライスの皿を持ってテーブルに持っていき、綱吉は雑誌に飽きて再びテレビを見始めた子どもに声をかけた。

「リボーン、ご飯できたからテレビ消して」
「・・・?なんでだ?」
「なんでって・・・ご飯の間はテレビは消さなきゃ、行儀が悪いんだよ」
「ふぅん」

納得はしていないようだが、意外にも素直にテレビの電源を切って、とたとたとテーブルに近寄ってきたリボーンは、ごく自然に、先に座っていた綱吉の膝の上に座ってスプーンを手にする。
数秒の間沈黙が流れて、綱吉のツッコミが勢いよくリボーンへと向かった。

「っておぉい!!お前の席はこっちじゃなくてそっち、ってか、俺は椅子じゃねぇぇ!」
「ああ?どう考えても椅子の高さが合わねぇじゃねぇか、見て分かんねーのか」

言われてみれば、ダイニングテーブルの椅子の高さでは、リボーンが腰掛けても微妙に机の上の物は食べにくそうだ。

「・・・今日、座布団を買って参ります・・・」
「おぅ」

がくりと肩を落とした綱吉の言葉に、リボーンはオムライスを頬張りながら満足そうにそう言って、ぶらぶらと足をばたつかせた。
綱吉はそんな様子に溜め息をつくと、反対側に置いてあったオムライスを手元に引き寄せて、再び口を開く。

「っつーか、お前、本当にどこの子なんだよ。親御さんが心配してるぞ、というか、子ども梱包するなんてどんな運送会社なんだ・・・」
「なんだ、お前、本当に何も聞いてねぇのか」
「何をだよ!」
「ふぅん、家光のヤツ、本当にお前を関わらせたくねぇみたいだな」
「家光・・・って、お前、父さんのこと知ってるのか」
「アイツが俺をお前に送ったんだぞ」
「え、父さん遂に人身売買に手ぇだしちゃったの!?確かに、何の仕事してるのか謎な人だったけど!!あ、ホントだ、送り主名義、父さんだ!!」

思わずテーブルの上にあった配送カードを見れば、送り主は紛れもなく自分の父、沢田家光の名前が書かれていて。

「うわー嘘だろー??あの人、ついに犯罪に手を染めちゃったのか!?おおおお前、どこの子!?今からじゃ遅いけど家に送っていくから!!!」

「・・・帰れる家なんぞあるかよ」

「そうか、って、え?」
「ちっお前が家光から話を聞いてねぇなら仕方ねぇな」

そう言ってこちらに顔を向けたリボーンの黒曜石の瞳の奥に、人では有り得ない琥珀色の数字が反射したのを、綱吉は見逃さなかった。

・・・えーっと、き、気のせいだよな、うん。

だが、即座にそれを見間違いと判断して、食事を再開する。
今の世の中を生き抜くためには、多少の鈍感力が必要だと綱吉は知っていた。




やがて食事が終わり、綱吉が洗物を済ませて台所から出てくると、先にソファでゴロゴロしていたリボーンが体を起こして、ソファに座れるだけのスペースを空けた。
そこに腰掛ければ、隣に座っていたはずの子どもがコロンと転がってきて、綱吉と向かい合うようにして膝の上に乗り上げてくる。

「えーっと、リボーン?」

家に小さな子どもがいたために、子どもとのスキンシップには慣れている綱吉だが、なまじリボーンの顔が飛びぬけて整っているため、どうしてもドキマギしてしまう。
それを笑って、リボーンは小さな鼻先を綱吉の首筋に摺り寄せながら口を開いた。

「なぁ、ツナ、融合科学って知ってるか?」
「は?有機化学じゃなくて?」
「あぁ」

綱吉の首元で、リボーンはにんまりと笑いながら楽しそうに話し始める。


融合科学―――Scienza di fusione―――
それは、最先端の科学技術と、ウィザードの連綿と受け継がれてきた膨大な知識と能力を融合させた新しい技術。

イタリアのボンゴレ・ファクトリーが、その技術の特許を取得し、市場の殆どを掌握しているため、世間ではそれほど知られていないが、国家幹部クラスの人間が血眼になって求めている技術でもあった。
一般に、この技術については、人の代替臓器を生成する過程を短縮し、その完成度を飛躍的に上昇させたことなどが知られている。

けれど、融合科学の本当の利用価値はそれだけに留まらない。

その力をもってすれば、クローニングよりも遙かに早く、人間を模した“ヒトガタ”を大量に生産出来る。
しかも、疑似人格の“コア”を埋め込むことで、殆ど人間と変わらぬ個性を持つことが可能だった。
更に言うなら、彼らはPC並の人工頭脳と、人間の数倍の強化筋肉を有しており、1体で人間10人に匹敵する働きをした。

そしてこの“ヒトガタ”は、少子化によって労働力不足に悩む先進国にとっては願ってもない労働量だったのである。

―――そう、世界は、この類い希なる技術を戦争に利用しようとはしなかった。

それほどまでに、先進国を中心に、少子化による労働力不足に頭を悩ませていたのである。

その上、環境破壊による気候の変動で、南半球では大規模な干ばつや津波などが続発し、それに伴う感染症の拡大で殆どの発展途上国が壊滅的な損害を被っていた。
北半球も、大気汚染によって降り注ぐ雨が毒を含み、防護マスクが無くては長期の外出もままならない状況にあった。

―――もう、地球に住み続けることは出来ない。

そこで、人々が生き残るために、月や火星への移住計画が進められていた。
この宇宙開発のためには、秀でた頭脳と身体能力を有する多くのマンパワーが必要なことは明白である。

そう言った理由から、ボンゴレ・ファクトリーが有する融合科学は、様々な業界から注目を集めていた。

―――らしい。

というのも、どこにでもいる極めて平凡な大学生である綱吉にしてみれば、ボンゴレ・ファクトリーや融合科学の名前こそ聞いたことがあっても、そんな細かい話まで耳にしたことなど無かったのである。
ただ、医療の世界で凄い技術が開発された、という程度のことしか知らない。

幼い容貌に似合わない話を淡々としているリボーンを前に、その話を解釈しようと綱吉は頭を捻った。
結局、専門的すぎて理解出来ない用語が多々含まれていたので、殆ど理解出来なかったが。

―――だが。

「それと、俺と、お前と二、一体何の関係があるんだよ?」
「お前、ほんとーにどうしようもなくダメダメなんだな」

素朴な疑問に、真正面に向かい合った子どもに心の底からの憐憫の言葉を返されて、綱吉は多少頬を引きつらせた。
そんな綱吉の肩にリボーンの小さく愛らしい手が置かれ、くるりと大きな黒い瞳が綱吉をじっと見つめてきている。
そのどこまでも真っ直ぐな瞳に、言い表しようのない妙な居心地の悪さを覚えて、綱吉は溜息をつくことでその目から逃れた。

「そんなこと言ってもなぁ、全く関連性が見えてこないんだ。だって、ボンゴレ・ファクトリーって、一流のウィザードが一杯いる会社だろ?そんなおハイソな人達と関わりがあるはずないじゃないか―――確かに、うちの遠い祖先はウィザードだったけどさ」

ウィザードとは、世界中に古くから存在する、特異な能力をと数多の知識を持った術師のことである。
日本では陰陽師と呼ばれ、中国などでは仙人と称され、西洋では魔法使いと言われる人種。
彼らは、人並み外れた頭脳の持ち主達で、簡単に言えば、ボンゴレが生み出した“ヒトガタ”の天然ヴァージョンといったところか。

つまり、血によって特異な能力と多量の知識を引き継ぐ、生まれながらの天才達のことをウィザードと呼ぶのだ。

現在ウィザードと呼ばれるのは、世界で5つの家系に連なる人間達だけである。
その中でも、ボンゴレ・ファクトリィーを率いるボンゴレファミリーのウィザード達は有能なことで有名だった。

そんな高次元な世界と、平々凡々とした沢田家(父親は除く)とは、全く関係が無さそうに思える。

けれど、そう顔の全面に書いた綱吉を一瞥して、リボーンはきっぱりと言いはなった。

「だが、お前が、ボンゴレファミリーの次期十代目総帥なんだぞ」

「へぇー・・・って、はぁぁあぁぁあ!?お前、何言ってんの!!?冗談は休み休みに言えよ!!!お前の話だって信じたわけじゃないんだぞ!?」

あっさりと言われた言葉の内容に、思わず背もたれに任せていた背を起こしてそう抗議しても、相変わらずリボーンは涼しい顔をしている。
そして、綱吉の顔を柔らかな両手で挟み込むようにして、琥珀の瞳を覗き込んだ。

「な、なんだよ」
「・・・お前、さっき俺の瞳の中にシリアルナンバーが見えただろ?」
「シリアルナンバー・・・?え、じゃぁ、さっき見えたのは・・・俺の疲れ眼とか光の加減とかそう言うヤツじゃなくて!?」

慌てた様子の綱吉に子どもはにんまりと笑うと、整った形の唇で言葉を紡ぎ始めた。

「俺は、ボンゴレ・ファクトリィーのオリジナルシリーズ“arcobaleno”No.001 reborn」

リボーンの言葉と共に、黒曜石の瞳の奥から、琥珀色と言うより黄色のナンバーとアルファベットが光ながら浮き出てくる。
それは機械的でありながら、どこか幻想的ですらある光景で。

すぐにその光は消えたが、綱吉は、リボーンの小さな掌に顔を固定されたまま動くことが出来なかった。
透明な深い闇に浮き上がった無機質な文字、その光景は、あまりにも現実離れしすぎていて、呆然となってしまったのである。

“ヒトガタ”なんて、そんなものが存在するなんて。
こんなに柔らかくて暖かいのに、これが作り物なんて。
そんなの信じられないと理性が叫んでいるのに。

綱吉の心は、今の現実が真実であることを認識していた。

―――が、しかし。

「そ、それはそれとしてもだよ!!ウィザードでもない俺が、ボンゴレファミリーの総帥なわけがないじゃないか!!」

生まれてこのかた、最高のダメライフを送ってきたという自負が、綱吉にはある。
もし自分にウィザードとしての才能が一欠片でもあったなら、ここまでダメダメな人生になるはずがない。

そんな情けない確信に満ちた綱吉の言葉を、リボーンはふんっと鼻で笑う。

「確かに、ボンゴレファミリーはウィザードの一族だ。でも―――っと、余計なおしゃべりが過ぎたか」

言葉を続けようとしたリボーンの口元が不自然にわななき、すぐに閉じられてしまった。

「余計って―――」
「物事には時機ってもんがあるだろーが」
「時機、ねぇ・・・?」

子どもの浮かべた、蠱惑的でありながら人を馬鹿にしたような嘲笑に複雑な気分になりつつ、綱吉は再びソファの背にもたれ掛かる。
リボーンは、そんな疲れたような顔をした綱吉に構うことなく、どこか楽しげにソファの上に膝立ちになり琥珀色の瞳を見つめた。
恐ろしいほどに整った顔を至近距離で見つめているにもかかわらず、綱吉は見慣れたのか、それもとそれだけの気力がないのか、リボーンの為すままで。

「まぁとにかく、自分がボンゴレ10代目だっつーことは理解したか?」
「あのなぁ・・・。そんなに簡単に理解出来たら苦労しないよ。だいたい、どんな根拠でお前がそんなこと言ってるのかさっぱりだし」

「お前は10代目―――いや、ボンゴレ・ファミリーの統括者だ。俺には、俺たちには分かる」

すっと眇められた漆黒の瞳には、綱吉には理解の及ばぬ深い色合いの光が宿っていて、綱吉の言葉を封じてしまう。
綱吉の顔を包み込んでいたリボーンが、鼻先が触れそうな至近距離に詰め寄って、言葉を紡いだ。

酷く焦がれた、渇望するような声で。
どこか、泣きそうな瞳で。

「ずっと・・・ずっと待っていたんだぞ。―――Mio padre.」




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