お届け物です。


リボーンが綱吉の家に届けられて1週間。

春休みが始まったばかりだというのに、綱吉はすでに育児に疲れ果てていた。

ワンルームの部屋に、徐々に自分の物ではない子供用の服や、新しいタオル類、果ては綱吉でも読まないような専門書などによって、いつの間にやら3分の1ほど占拠されている。
なんでこんなことにと思わないでもなかったが、気付けば甲斐甲斐しくリボーンの世話を焼いてしまっている自分の性分が憎い。




今日も今日とて、人工陽光システムで乾かした二人分の洗濯物を取り込んでお昼ご飯を作り、子どもの名を呼ぶ。

「りぼーん、リボーン!お昼だよ!」
「んー」

乾きたてで日の匂いがするタオルケットを腹に敷いて、部屋の床でリボーンと呼ばれた子どもは腹這いになって本を読んでいた。
生返事しか返さない所を見ると、また本に集中しているようだ。
ふぅ、と溜め息をついて、綱吉は床に転がっているリボーンの元に歩いていく。

「リボーン、ほら、おいで?」
「ん」

子どもの両脇に手を入れて抱き上げると、リボーンは嫌がることもなく鷹揚に頷いて、綱吉の首にしなやかな腕を回した―――彼は、本当に綱吉とのスキンシップが大好きで、寝るときでさえ同じベッドで寝ていた。
そのままテーブルに移動して、座布団の敷かれた“リボーンの席”に子どもを下ろす。
そして、自分も席について手を合わせれば、リボーンも同じようにして、いただきます、と言った。

「今日の昼ご飯はきつねうどんだよ」
「おぅ」

つるつると上手に食べている子どもを見て、綱吉はふっと微笑んだ。

リボーンは箸の使い方が上手い。
5歳児が読むとは思えないような分厚い専門書も読むし、テレビでやっている海外ドラマを字幕無しで見ているかと思ったら、自分一人で風呂に入るのを嫌がったりする。

―――ちなみにリボーンは“ヒトガタ”なので性別はない、ということを、初日に風呂に入れてから気付いた。
リボーンの体には人間にある性差、つまり、簡単に言ってしまえば、男女を分ける、上の膨らみもなければ下もなかったのである。

そこで、綱吉はやっとリボーンが“ヒト”ではない“ヒトガタ”なのだと認識した。
―――そして本人の性格から考えると、性格上は“男”なんだろうと勝手に思っている。

まあ、何はともあれ。

初日以外、リボーンはボンゴレの話をしなかった、
綱吉としては、何をどうしたらよいのか分からなかったので実家に電話をかけたのだが、返ってきたのは奈々ののほほんとした父不在の報で。
仕方なくリボーンに、何を自分に求めているのかと問うても、子どもは謎めいた笑みを浮かべるだけだった。
その真っ黒な瞳が、時に何かを求めるように綱吉をじっと見つめていることだけが、今の綱吉の知りえる全てである。

「おいツナ、食い終わったぞ」
「え?ああ、うん、ご馳走様でした。そこに下げておいて」

考え事をしながら食べていたせいか、リボーンが食べ終わったことに気付かなかった。
そのまま流しで洗い物を始めようとしたところで、キョトンとした顔で子どもに声をかけられる。

「・・・今日、出かけるんじゃなかったのか?」
「・・・あー!そうだった!でも・・・リボーン、一人で大丈夫か?」
「別にガキじゃねぇーんだぞ」
「いや、十分ガキ・・・じゃないですね、ハイ」

ギンッと子どもに睨めつけられて、綱吉は諸手を上げて訂正し、だんだんと、リボーンの扱いが分かってきたような気がする、と内心で苦笑した。
そして、リボーンに促されるままにぱたぱたと手早く準備をし、玄関へ向かう。
靴を掃き終えて振り返り、お気に入りのソファで丸まって先ほどの続きを読み始めた子供に声をかけた。

「じゃあ、少しだけ行ってくるね?夕方には返ってくるから」
「おう」
「何かあったら、すぐにケータイに連絡入れてね」
「うるせぇ、とっとと行きやがれ」

自宅から邪険に追い出され、綱吉はマスクをして駅へ向かう。
今日は晴れているため、光化学スモッグが発生しており、見上げた空はガスっていた。




その日行われたのは、綱吉が所属しているサークルの懇親会を兼ねたボーリング大会で、1年である綱吉は、次は2年生として頑張らなきゃと、先輩達に言われながら無難にチーム戦を観戦する立場に回る。
ちょうど、1年チームの山本武がストライクを投げて歓声が上がっていた。
当の山本は、適当に周りに返事を返し、綱吉の元へ近づいてくる。
詰めてベンチに一人分の席を確保した綱吉の横に、陽気な笑顔のまま山本が滑り込んできた。

「ナイストライ、山本」
「おーサンキュー。でもなーやっぱり、ストライクって聞くと野球が浮かぶんだよなぁ」
「そうだねぇ、山本は昔から野球小僧だったから」
「おうよ」

野球やサッカーなど、一般的に野外で行われるスポーツが、学内で禁止されるようになったのはもう5年以上前のことである。
今でも、専用の屋内施設やプロ養成所でプレーすることは可能であるし、プロ野球なども行われてはいるが、一昔前のように世界大会などは行われていない。
大気汚染や紫外線問題が深刻化したからだ。

今では、バスケやバレー、ボーリングやバドミントンなど、室内で行われるスポーツがメジャーである。

「ツナは今日の飲み会参加するのか?」
「んー俺はいいや。今日は早く帰るよ」
「そっかー、まあ、ツナ酒弱いしな。じゃあ俺も帰るかー」
「あはは、うん。珍しいね、山本が飲み会に出ないなんて」
「そうか?・・・んーそうかもな。今日は厄介な従兄が家に来るんだよ」
「厄介な従兄・・・?ああ、雲雀さん?」
「御当主様直々のお越しだーって、家が大忙しなんだよなー」
「ああ、まあ、そりゃあ・・・」

血統として現存する日本唯一のウィザード一族、雲雀家。
やがて山本が後を継ぐ家は、その雲雀家の分家の筆頭だった。

つまり、山本は未来の日本のウィザードのまとめ役の一人で、本来ならこんな場所でこんなことをしているような人間ではないのだけれど。
山本当人が特に自分の血統に頓着していないので、ウィザードの子息が通う私立に入ることもなく、小学校から綱吉と同じ公立に通い、その頃からの付き合いが今も続いているのである。

「お、そろそろボーリングは解散するみたいだな、行こう、ツナ」
「・・・あ、うん」

遠い世界だよなぁ、といつものように思ったところで、ふと家に居るであろう子どもの顔が頭を過ぎって、思考回路が一瞬だけ氷結した。
しかし、山本の声で再び稼働を開始し、かぶりを振って立ち上がる。

―――山本に相談して・・・いや、間違って雲雀さんが出てきたら間違いなくややこしいことになるよな。

もう10年の付き合いになる、変わらぬ幼なじみの爽やかな笑顔に救いを求めそうになったが、その背後にいる存在を頭に描いて思いとどまった。

山本の家に遊びに行ったときに、数度だけ顔を合わせたことのある雲雀家の当主。
白皙の美貌を持った、孤高の王者のごとき風格を若くして備えている雲雀恭弥。

初対面で、目があった瞬間動けなくなったのを覚えている。
さすがは、ウィザード五大家の一つを取り纏める長、といった雰囲気だった。
そんな彼を知っているからこそ、彼と自分が同じ立場にいるなんて、夢であったとしても信じられない。

「ツナ?どうかしたか?」
「ううん、なんでもない、ゴメン」
「・・・そっか?」

察しの良い幼なじみは、綱吉のごまかしをあっさりと看破したようだが、それ以上深く突っ込むこともなく、綱吉を促して人の輪に戻る。




「ただいま、リボーン。大丈夫だった・・・って、寝ちゃってる・・・」

家に戻って、返事がないことを訝しみながら靴を脱いで部屋に入れば、出かけた時と殆ど変わらない体勢で、子どもが眠っていた。
伏せられた瞼のために、濡れた黒曜石の瞳を見ることは出来ないが、白磁の滑らかな肌に、長い睫毛が良く生えている。
見れば見るほど、完成された絵のような容姿に、綱吉はしばし見とれていた。
そっと、頬にかかった黒絹のような髪を払ってやると、人の体温が心地よかったのか、子どもは無邪気な寝顔のまま綱吉の手にすり寄ってくる。

そんな微笑ましい様子に、自然と口元が緩んだ。

初めは、自分の日常からあまりにもかけ離れているその完璧な存在感に違和感を覚えたものの、徐々にリボーンに慣れていっていることを自覚せざるをえない。

「せめて、一体何がどうなっているのかが分かればなぁ」

リボーンは、何かを隠しているというか、知っていることの殆どを綱吉に教えていない。
それがリボーン自身の意思によるものなのか、それ以外からの干渉によるものなのか、綱吉に計り知ることは出来ないけれど。

綱吉は、自分が考えている以上に、リボーンという非日常に慣れていることに気が付いた。

―――だって。あんな瞳で、あんなに渇望した瞳で求められたら、手を差しのばしたくなるじゃないか。

「なあリボーン、俺は一体どうしたらいいんだよ?」

困り果てた綱吉の声が、静かなワンルームに響いた。




その夜、インターフォンに応じて扉を開けた綱吉は、作業着姿の宅配員の手に抱えられた大きな箱を見て凍りついた。

「来た、また来た・・・」
「は?」

自分が届けた荷物を見た瞬間、この世の終わりを予期したかのように顔色を変えた家主を訝しんで、宅配員は首を傾げた。
しかし、綱吉の方は、そんな怪訝そうな宅配員に構うことなく、ぶつぶつと呟いている。

「あああ・・・まさか、なんでまた・・・」
「ええっと、あの、沢田さん、はんこを・・・」
「なんなんだ、一体何なんだ・・・!あの馬鹿親父!!」
「どーでもいーから、いったんこっちに帰ってきやがれダメツナ」
「はうっ、見たくない、見たくないぞ、俺は!」

やがて、部屋の奥から姿を見せた子どもに蹴りを入れられ、床にへたり込んだ綱吉は、大きな琥珀色の瞳を潤ませて何とか宅配物を受け取ると、震える手で受領書にサインをした。



でん、とテーブルの上に置かれた大きな箱。
それを見つめて、綱吉は蒼白のまま誰にともなく独語する。

「こ、ここここのまま、開封しないで父さんの所に送り返そう、うん、それが良い!」
「家光の住所なんて書いてあんのか?」

ひょこりと綱吉の後ろから姿を現したリボーンは、ちらりと箱の宛名書きの所を見てそう言った。
言われてみれば、送り主の記載欄には、常日頃の騒がしい言動が嘘のように、簡潔に一文だけが書かれている。

―――父より。

「だぁぁぁぁ!!!あの役立たず!!肝心な時に肝心なこと書き忘れてんなよな!?学生身分の俺に幼子二人をどーしろと!!?」
「うるせぇ、黙れ。今何時だと思ってやがる」

再び綱吉の膝を裏から蹴って床に沈め、リボーンはビリビリと箱の包装を破った。

リボーンが入っていたのと同じ、白く長方形の形をした箱。
そのまま箱を開けるのかと思いきや、破った包装を丸めてゴミ箱放り込んで、再びソファに戻っていった。

「あいつ、寝起き最悪だからな。勝手に起きるまで放っておけ」
「え、お前、誰が中に入ってるのか分かるのか?」
「当然だぞ。俺たちは同じシリーズの“ヒトガタ”だからな」
「そ、そっか・・・」
「まあ、目が覚めたら自分で自己紹介ぐらいするだろ。・・・おい、ツナ、お茶」
「うん・・・って、俺はお前の召使いか!」

ナチュラルに返事を返してしまった自分に気付き、思わず突っ込みを入れたが、人が殺せそうな目つきでにらみ返されて、すごすごとティーポッドを手に取った。




茶葉が十分に蒸れてないだとか、お湯を注ぐタイミングが違うだとか、そもそもなんだその安物の茶葉は、等々、最近は耳に馴染み始めてしまった罵倒を聞き流しながらお茶を淹れて一時間。
そろそろ日付も変わるかと言う時刻。
ごそごそと、テーブルに置いていた箱が動いたかと思うと、やがて蓋が開き、中から太陽の光かと見まごうばかりの金髪をした子どもが姿を現した。

宗教画によく描かれる天使のような、透明で清廉な雰囲気を纏った子ども。
抜けるような青空色の瞳は、宝石か何かのように煌めいている。

その煌めきが、リボーンとはまた違う美しい容姿に固まったまま動けないで居た綱吉の、琥珀色の瞳を捉えた瞬間、キラリとさらに煌めいた。
そして、音も立てずにテーブルからソファに座っていた綱吉の目の前までやってくると、すらりと伸びた腕を綱吉に絡ませて勢いよく飛びついてくる。

「どわっ」
「Padre! Io volli incontrare!」
「へ?なに、なんて??」
「おい、コロネロ、日本語で喋ってやれ。今はそっちの言葉がわかんねぇんだよ」

抱きつかれたのと、流暢に聞こえてきた外国語とに、戸惑ったツナの横から、リボーンがひょいっと顔を出して金髪の子どもに声をかけた。
コロネロと呼ばれた子どもは、綱吉の肩口に埋めていた顔を上げると、綺麗に整った唇を開く。

「・・・そうか、分かったぞコラ。・・・お前が沢田綱吉だろ」
「あーそうだねー何でお前俺の名前を知ってるんだ・・・」

綱吉は、コロネロの断言的な言い方に釈然としないものを感じつつ、体勢を立て直してソファに腰掛け直す。
すると、当たり前だが、抱きついたままのコロネロも綱吉が動いたことによって、彼の膝を跨いだ格好で落ち着いた。
ちなみに白い腕は、未だに綱吉の首に回されたままである。
それが面白くないのか、リボーンが、黒曜石の瞳に苛立ちの色を灯らせたけれど、当のコロネロは、それに気付いているであろうに、知らぬ振りを決め込んで笑った。
―――お前のほうが先にいて、ずっと今まで独り占めしてたじゃねーかコラ

「お前がなんであろうが、お前なら構わねぇぞコラ」

すりすりときめ細やかな頬をすり寄せてきた子どもを、綱吉は諦めの溜め息と共に受け入れた。
―――どんな熱烈な口説き文句だよ、まったく・・・。
そう内心で呟いて。




状況に慣れてきたのか(というか、慣れるしかない)、綱吉がソファを立って新しい闖入者のために紅茶を淹れてやると、リボーンと同じような文句を言いながらコロネロは紅茶を口にした。

一つしかないソファの真ん中に綱吉が座り、その右にリボーン、左にコロネロという、なんとも話しにくいポジショニングだったが、リボーンもコロネロも、綱吉が片側に座るのを許さなかった。
そこに、綱吉がどちら側に座ってしまったら、子どもたちのうち一人しか綱吉の横に座れない、という子どもらしい理由があることを、綱吉本人は知るよしもない。

「で、君は?」
「俺はボンゴレ・ファクトリィーのオリジナルシリーズ“arcobaleno”No.002 Koloneroだぞコラ」
「コロネロ、か。さっきも言ったけど、俺は沢田綱吉、よろしくね」
「おう」
「・・・リボーン、もしかして、お前やコロネロみたいなのがこれから続々と家に届けられるわけ?」

自慢じゃないが、綱吉の部屋は2DKで、これ以上人が増えると明らかに手狭である。
それに、仕送りの中に占める食費がこれ以上膨らむのは絶対に避けたい。
綱吉の切実な心の声が聞こえたのか、リボーンとコロネロは互いに目線を交し合って、子どもらしからぬ仕草で肩をすくめた。

「少なくともあと一人―――間に合えば、もう一人もこっちに来るぞ。間に合わなけりゃ、向こうで会うだろ」 「間に合う?何に・・・ってか、向こうってどこさ」
「―――本国への移動だコラ。お前は近々イタリアに行くんだぞコラ」
「・・・は?」

コロネロが言った言葉に、綱吉の思考回路が一時的に停止し、それに伴ってだんだんと瞳孔が散大していく。
それを見たリボーンが小さな手を綱吉の目の前でひらひらと振れば、ふいっと琥珀色の瞳の焦点が合って、左右の子どもを交互に眺めた後―――唇から思いっきり悲痛な叫びが上がった。

「何で!?」
「「お前が“沢田綱吉”だから」」

その叫びに答えたのは、可愛らしく無邪気な子ども二人。
どちらも綱吉の腕に抱きついて、それはそれはきらきらとした楽しげな瞳で、眉をこれ以上なく顰めた綱吉を見上げてくる。
子どもらしい細い腕を振り払おうにも、思いのほか強く抱きつかれているらしくびくともしない。
やがて子ども達を引っぺがすことを諦めて、綱吉は肺が空になりそうなほど深い深い溜息をつきながら肩を落とした。

「何なんだよ・・・さわだつなよしなんて、どこにでもいるよ・・・そんなの」

「「いない。俺たちにとってのお前は唯一だ」」

その途端、それまで聞いたことのないほど、低く落ち着いた、大人びた声が力強く否定する。
それに驚いて顔を上げれば、いつの間にか二人の子どもは綱吉の前に立ち、真剣な、それこそ神に語りかける信徒のように真摯な瞳で、こちらを見つめていた。
小さな体からは想像もつかないほど、目に見えない圧倒的な威圧感が滲み出ていて、思わず身を引いてしまう。
そんな綱吉の様子に気づいてか、リボーンがふっと体の力を抜いて、白い手で綱吉の膝に置かれた手を握った。

「前にも言ったじゃねーか、ずっと待ってたんだって」
「待ってた・・・って、何で」
「お前が俺たちにとっての“唯一のpadre”だからだぞコラ」
「“唯一のpadre”・・・?」

どういう意味かを問おうとしたとき、きゅるりと可愛らしい音がなって、どこか張り詰めた空気の糸をすっぱりと切断した。

「・・・」
「・・・」
「・・・っぷ、は、はは・・・コロネロ、お腹空いてたのか」

絶妙のタイミングで入った横槍に、綱吉は微かに安堵しながらソファから立ち上がる。
―――あの話の続きを、今は聞くべきじゃない、と思考の片隅で誰かがそう言っていたから。
子ども達に向けた背中に、ちくちくと黒と空色の視線が刺さったけれど、持ち前の鈍感力でそれを気づかなかったことにして、綱吉は台所へと足を進めた。




もうしばらく、今の、家族みたいな幸せを―――。




Next
Back