お届け物です。


「―――そして、組織を抜けた“あなた”は、ヴァリアーの暴走を止めるための対抗勢力として、今のボンゴレファミリーを創設しました」

その言葉を区切りに耳触りの良い声が途切れて、広い部屋にはかすかな人の息遣いだけが残される。

遠い世界の話であるはずなのに、妙な現実感を伴う骸の話が、一区切りを迎えたようだ。
綱吉は、惚けたような顔で話に聞き入っていたのだが、落ち着きのある低めの声が途切れたのと同時にはっとした表情になった。
耳にした骸の言葉に、違和感を覚えたからである。

「今のは・・・“俺”の話、ではなく、“初代ボンゴレ”の話・・・でしょう?」

骸は先ほど、確かに綱吉を指して“あなた”と言った。
綱吉の問いに、ディーノ、獄寺が静かに目を伏せ、反対に骸は真っ直ぐに綱吉の瞳と相対する。

「いいえ、“あなた”の歴史です」
「俺は19なんですよ?それに・・・イタリアに住んだことなんてありません」
「“沢田綱吉”くんはそうでしょうね」

含みのある言い方に、綱吉は眉を顰めて考えたくも無い可能性を口にした。

「―――まさか、前世の話なんてことは・・・」

けれども、その言葉は美しい容貌をした青年の失笑をかうだけで。

「前世?そんなものとは全く関係がありませんよ。あなたはまだ、輪廻を巡っていない」
「じゃあ―――」

何なんですか、という綱吉の言葉を遮って、今まで沈黙していたディーノが良く通る声で言葉を紡いだ。

「・・・ボンゴレ10代目候補“沢田綱吉”は、17年前―――つまり、2歳の時に交通事故で死んでいる。そして―――」

「その現場にたまたま遭遇した僕が、その当時再びザンザスに囚われていた“あなた”の魂を“沢田綱吉”くんの体に挿れたんです」

言いにくそうなディーノとは対照的に、骸の紡ぐ言葉は、それは林檎です、と答えるかのようにあっさりと金髪の青年の言葉を引き継いだ。

なんだろう、今の、衝撃的な発言は。

骸の言葉を脳内でゆっくりと咀嚼しおえて、綱吉の手が握っていた左右の子供たちの手からすり抜けて脱力したように垂れ下がる。
そんな姿に、左右に座ったリボーンやコロネロ、後ろから抱き着いていたスカルが、彼ららしくもなく心配そうに顔を覗き込んできた。
ちなみに綱吉の脳内では、予想外でーす、という某携帯会社のCMの台詞が、かなりシリアスな状況にもかかわらずポップ体の書式でぐるぐると回っている。

―――自分の脳内の呑気さに呆れながら、綱吉は首を振った。

いやいや、きっと、こんな馬鹿丸出しの反応じゃなくて、もっと相応しい反応の仕方が・・・。

「嘘、ですよね・・・?」

最近、「常識」という二文字が存在しないような事態続きだったので、話によっては受け流すことも出来たかも知れないが、さすがに想定外の内容だった。

自分の体と、その中身が別人だなんて、そんな馬鹿な。

しかし、縋るように見つめた色の異なる瞳には、厳然たる真実の光が宿っている。

「あなたに嘘なんてお話しませんよ、ドン・ボンゴレ」
「じゃ、じゃあ、俺は一体誰なんですか!?沢田綱吉じゃない、俺は!」
「話す前に言いましたね、あなたは“沢田綱吉”だと。あなたの今まではあなただけの物です、あなたの送ってきた“沢田綱吉”の人生は、あなたの人生です、と」
「でも、“沢田綱吉”は・・・」

2歳で死んだ。
さっき、自分の目の前の男はそう言った。

ぐらぐらと、足下が崩れていくような、それでいて、ふわふわと体が浮くような、不思議な感覚が綱吉を襲う。
それは、骸が処置を施す前と同じような、現実味を取り払った酩酊感に似ていた。

その酩酊感に身を任せ、とさりと倒れこんだ綱吉の体を、リボーンとコロネロが左右から支える。
けれども、完全に意識のない体を部屋のベッドまで運んでやることはできない。
自分の体格に微かに苛立ちながら、リボーンは無言で睨めつけることによってディーノを促した。

そんなリボーンの様子を笑いながら、骸は、綱吉を抱えるディーノについていく子ども達に声をかける。

「そうそう、アルコバレーノ。朗報ですよ」
「―――何がだコラ」

足を止めて、いけ好かない胡散臭い笑顔へと目をやれば、色の異なる瞳がにっこりとさらに深く笑んだ。

「あの子―――出来損ないのあの子が、無事に目を覚ましましたよ。よかったですね」




暗い暗い部屋の中、繭のような形をした鉛色のケースを、無骨な男の手が無造作に撫でる。
次いで、ケースの側に置かれた空の小さな鳥籠を見遣った所で―――不意に扉が開いて、部屋に光が差し込んだ。
そこには、フードを目深にかぶった子どもが立っていた。

「ボス、もう起きていたの」
「―――アイツは」
「Giappone. ・・・行くの?」
「―――いずれ、あのカスどもは戻ってこざるを得ないことになる。わざわざ俺が足を運んでやる必要はねぇ」

返事とともに放たれた炎をひらりと交わし、マーモンは不平の声を上げる。

「padreの魂を逃がしたのは、確かに僕のミスだったけど―――あの骸を僕一人でどうにかするのは大変だって、最初から言ってあったはずだよ」
「カスが」

ザンザスはそうとだけ言うと、踵を返して部屋を出た。
ボンゴレに形式上吸収されていた彼の組織の構成員達―――かつて彼に仕えていた者たちの末裔が、扉の外の廊下に額づいて、300年ぶりに姿を見せた“本当に膝を屈するべき”王を出迎える。
その中を傲然と歩みながら、ザンザスは口元を吊り上げた。

愚かで脆弱な弟よ。
お前が俺から逃れて生きてゆけるものか!




自分は、何をすべきなのだろう。

暗い部屋で目覚めた綱吉は、闇に慣れた瞳で天井を睨み吸えながらそう自分に問うた。
珍しくベッドに子たち達の姿は無く、扉の隙間からは廊下の光が差し込んでいる。

あの骸という名の男の話を信じるならば、自分は300年間に生きていた人間で、この体は自分のものではなくて。 それはつまり、今まで母と思っていた奈々や、滅多に家に帰ってこない(その理由も今となっては明白ではあるが)父である家光も、本当は自分の両親ではないということでもあった。

嫌だ。
そんなのは、嫌だ。

自分が、あの二人の本当の子どもに成り代わって、平気な顔で生きていたなんて。
自分が、本当はあの二人に愛されていなかったのかもしれないなんて。

そう叫ぶ心の横で、冷静な理性の声が呟いた。
そんなことをしてまで、自分が生かされた理由は何だ?

ディーノや、獄寺や、骸は―――あの恐ろしいまでに整った美貌の子ども達は、綱吉に何を望んでいるのだろう。

綱吉はかけがえのないボンゴレの要、と言っていた。
ボンゴレは、“ブレイン”と呼ばれる思念体に実質支配されている組織であるのに。
その“ブレイン”の本体であると言う、あの3人の分家の長達は、何を思って300年もの時を記憶をデータ化した姿で生きたのか。
初代は、それほどの忠誠を誓うような人間だったか、悔いてばかりの子どもでしかなかったというのに。
そして綱吉を見て、自らの終焉を願う子ども達。
話によれば胴と首を切り離されても修復できるという、強靭な不死の体を持つ体であるのに。

初代は、あの子ども達の魂を創り、ボンゴレを組織した人間は、何を考えていた?

自らの罪を、己の臓腑を切り裂かんばかりに悔悟していたらしい彼(もしかするとそれは昔の自分かもしれないが)は、何を思って100度殺しても許せぬはずの異母兄の元に再び捕らわれた?
何がしたくて、300年もの時を経ることにした?
話に聞くところによれば、自身の肉体から離れた魂は、時の流れとともに肉体の記憶を忘れてしまうというのに。

忘れて、どうするつもりだった?

分からない。
疑問ばかりが、綱吉の頭を駆け巡る。

「これがあれか、思春期にありがちな、自分が一番わかんなーい、という病気か」

茶化すような自らの言葉は、的を射ていただけに、綱吉の気分を浮上させることは無かった。





padre 俺のpadre。

コポコポと、生命維持装置の中で、少女のような外見をした“ヒトガタ”は意識下で言葉を紡いでいた。

俺のpadreは弱虫で泣き虫で寂しがり屋で―――とても優しく笑う人だ。
いつも閉じられた籠の中で、俺たち相手にたくさんの話しをしていた。
外の世界に憧れ、時折姿を現す黒衣の男を恐れ、自分が創りだした存在に縋る、哀れなpadre。

けれど、そんなpadreが俺にとっては唯一で。

padreがあの籠を出て遠くに行ってしまったと聞いたときの、身が引き千切れるような喪失感は忘れられない。 padreに置いていかれた。
そう思った。

padreと一緒に姿を消した3人の兄弟は、他の兄弟や俺のように黒衣の男に易々と従わなかったから。
あの黒衣の男に逆らおうと考えるだけで、魂が壊れそうに痛むのに、彼らはそれに逆らった。
―――だから、いつも任務のたびに不必要な怪我をしていたのを覚えている。

あの3人は強い。
ウィザードとはいえ、ただの生身の人間ごときが傷を負わせることができるようなヒトガタではない。
それなのに、彼らは最後まで強制された人殺しに抵抗していた―――。

リボーン、コロネロ、スカルは、7人の兄弟の中で最初に創りだされた魂だ。
padreへの理解も執着も、悔しいが他の兄弟の比ではなかったのだろう

padreは、俺たちが血に塗れることを望みはしない、3人の兄弟はそれを知っていた。

そんな3人だ、padreがともに連れて行くのも当たり前だった。
・・・他の兄弟はpadreを盗られたと言っていたけれど、俺には、俺たちが置いていかれたように思えて。

置いていかないで。
一緒にいさせて。
いい子になるから。

俺は出来損ないの魂だ。
成長する器、を作る過程で失敗した出来損ない。
他の兄弟のような化け物じみた修復能力も無く、戦闘能力だって劣っていた。
―――だが、だからこそ、制約は緩みやすかった。

padreを恐怖で縛り、俺達を力で従わせる黒衣の男。
稀に見るウィザードとしての能力に恵まれた男。
こいつがいなくなれば、padreはまた俺と一緒にいてくれる、そんな気がした。

こいつさえいなければ。

純粋な戦闘能力で言えば、当代最強の名を冠するウィザードと、出来損ないのヒトガタとでは、同等の戦いは10分程度しか続かない。
けれど、その10分さえあれば、出来損ないの俺にも勝機があった。
当代最強のウィザードと言えど、あの黒衣の男は血統的ウィザードではなく突然変異のウィザード。
彼らは、血によって受け継がれた頭脳を中心とした特異能力ではなく、遺伝子変異によって生じた肉体の特異な部位によってウィザードと呼ばれる。

―――それゆえの決定的な差違。

彼らの異能なる部位は、そのまま彼らの弱点でもあった。
黒衣の男は、その四肢に筋肉運動による常軌を逸した高温を宿して、全てのものを溶かしさる能力を持った肉弾戦を得意とするウィザード。
尋常ではなく発達した筋肉による俊敏な動きとそれに伴う異常な熱生産により、あいつは地上の炎の暴君と呼ばれていた。
けれど、その筋肉の動きを―――というよりも、その熱生産を止めてしまえば、俺があいつを止めることも不可能ではなくて。

もちろん、自分の弱点を熟知しているあの男が、そう簡単に弱点を晒すとも思えなかったけれど。

結局は、空間を渡って姿を現した、あの薄っぺらな笑顔を貼り付けた魂の運び手と―――それに導かれたpadreの魂の助力のおかげで、あの黒衣の男を凍らせることができた。

padreの能力は、突然変異のウィザードの中でもかなり特異な部位―――その魂自体が変異したために齎されるもの。
だから、魂と言う姿になったときこそ、padreの能力―――イメージするだけで、その全てを現実の世界に具現化させる能力―――は最大限に発揮される。

そして、padreのイメージどおりに絶対零度を宿した俺の手は、灼熱を纏った黒衣の男を一瞬で氷の牢獄に閉じ込めることに成功した。
・・・ただ、そのpadreの強大な能力はそれ相応の代償を必要とした。
俺達を創ったときに、自身の身体の“成長する時”を失ったのと同じように。




マーモン達が、ザンザスの命令とツナヨシの魂の一喝によって手出しをせずに見守る中、絶対零度の氷柱が、パキパキと音を立てて炎の暴君を包み込んでいく。
そんな状況下でも、ザンザスの口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
彼は真紅に染まった瞳で、白く儚い燐光を放つ異母弟の魂を見つめ、言葉をかみ締めるように口にした。

『自分がやったことの意味を、わかってんだろーな、このカス』

激しい怒りに満ちたその視線を真っ向から受け止めて、ツナヨシもゆっくりと微笑んだ。

《・・・もちろん―――俺の目的はそこにあるからね》
『ふん―――マーモン、あれを出せ』

ザンザスの声に、フードを目深にかぶった少年がゆっくりとツナヨシに近寄った。
その手に、黒い金属製の鳥かごをぶら下げて。
かなりの深手を負っているラル・ミルチの傍についていたツナヨシは、その自身の子どもの姿を認めてゆっくりと立ち上がる。

『パ・・・padre・・・』

傷つきながらも、必死で置いていかないでと泣き叫ぶラルの声に、彼はゆっくりと微笑んで、魂の姿で額にキスを送った。
そして、すまなそうに、愛しそうに、傷ついた子どもの頬を透ける手で撫でる仕草を繰り返す。

『ラル、ラル、俺の可愛いラル・ミルチ。無理をさせてごめん、連れて行ってやれなくてごめん。お前も、マーモン達も、置いていくつもりなんてなかったんだ。お前達だって、俺の大切な友達で、家族で―――何にも変えがたい子ども達なんだから』

でもごめん、とツナヨシは言葉を続ける。

『暫くはお別れだ。お前はゆっくりお休み、きっと、目覚めたときには―――また一緒にいられるから』
『padre!』

ふわりと、ツナヨシの姿がぶれて、まろやかな光の球になる。
その様を信じられない面持ちで見て泣き叫ぶラルを、ふわりと骸が抱え上げた。
同時に、彼の背後に人一人分程度の空間のひずみが出来る。

《骸さん、リボーンたちに言っておいてください。“これは俺が望んだことだから、ラルを責めたら後でお仕置きだからな”って》

もちろん、貴方もだし、隼人もね。
そう言い残して、白い光の球は黒い鳥かごの中に吸い込まれていった。

『もちろんですよ、我らが当主。それでは、しばしのお別れです・・・術の完成されるであろう300年後にまたお会いしましょう―――私達は、いつまでも貴方をお待ちしますから』
『―――・・・どうか、それまで安らかに』

血統的ウィザードで、空間を操作する能力を持った獄寺が、沈痛な響きの声とともに空間を完全に遮断した。




Padre。
俺のpadre。
俺は貴方の役に立ちたかったんだ。
役に立てれば、貴方の傍にいられると思ったから。
でも―――俺はまた間違えた。

そんなことしなくても、貴方はいつでも俺を、俺達を思ってくれていたのに。




ボンゴレの本部に連れられた俺の身体は、出来損ないであるために、あの男の業火に焼かれた体を修復するために長い時間を要した。
培養液に満たされたガラスケースの中で、俺は夢とも現ともつかぬ世界をずっと行き来していた。
―――padreの魂が、再び自由の身となるその日まで。




「おはようございます、ラル・ミルチ。―――ああ、やはり、右の火傷は完全に治りませんでしたか・・・当主が嘆くでしょうね、可愛らしい顔に傷が、と」
「―――padreは」

培養液が抜かれたガラスケースから覚束ない足取りで出てきたラルの顔を、骸は人好きのする笑顔で支えながら覗き込んだ。
ラルはそれを嫌そうによけながら、ぶっきらぼうに尋ねる。
そんな態度を気にした風もなく、青年はあっさりと答えた。

「恙無く。今は、君の兄弟が傍にいます。僕もあと二時間ほどしたら君の三番目のお兄さんとともに当主のところへ行きますよ」
「俺も」
「君はダメです」

ラルの言葉を遮って、骸は言葉を続ける。

「君は300年も浮力しかない世界にいたんです。いくら君の体が“ヒトガタ”だからといって、すぐには実践に使えませんよ。しばらくは本部でリハビリをしていてください」
「そんな―――っ」
「ほら、君は今、自力で立つことさえできない」

骸の手が離れた途端よろけた自分の足に、ラルは本気で殺意を覚えながら、したり顔の青年をにらんだ。
けれども、すぐに悔しそうに顔を伏せて、言葉を紡ぐ。

「2週間、2週間で追いかける―――だから、それまで」
「ええ、貴方の愛しい愛しいお父さんに、傷一つ負わせませんよ。安心して追いかけていらっしゃい」

こいつの笑顔は嫌いだ。
穏やかに笑うオッドアイの男を見上げて、ラルは内心で舌打ちとともにそう呟いた。




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