お届け物です。


たった5年ではぐれウィザードをまとめあげ、一大勢力に仕立て上げておきながら、あっさりと敵対組織の首領もろとも姿を消したボンゴレ初代当主。

データ化された情報のみで構成される精神体“ブレイン”となって長き時を過ごした3人の腹心。

300年の間、人あらざる“ブレイン”の管理の下に統制され続けたファミリー。
傀儡の座を甘んじて受け入れた8人の当主。
対立組織に甘んじて統合され、300年という時を、ボンゴレの影として存在したヴァリアー。

そのボンゴレにあって、要といわれる10代目。
今まで、一度たりともボンゴレの中枢から動かなかった“ブレイン”さえも、彼を守護するために肉体を得て動き、勢力拡大を狙うウィザード一族は“ボンゴレの全て”と目された人間を得るために動き出した。

どこにでもいる、平凡すぎるほどに平凡な大学生が、何の故にそのように扱われ、狙われるのか。




「君の能力は本当に厄介ですよ。力の弱いウィザードならば、言葉を交わし、ある程度の信頼関係を築くだけで相手を思いどおりに動かせるんですから。・・・まぁ、考えてみれば、“創造する”とは“自分なりに物事を定義し固定すること”でもあるわけで、それを応用したということなんでしょうが・・・」

にこりと、骸の美しく整った顔に表面上は人好きのする朗らかな笑顔が浮かぶ。
それを見た綱吉の背に、その笑顔のためかそれとも笑顔のままで語られた話の内容のためか、すっと氷のような鋭く冷たい一閃が走った。

もう見慣れてしまうほどに滞在したスウィートルームの居間には、重厚な大理石のローテーブルを挟んで向かい合う綱吉と骸しかいない。

先ほどから綱吉の頭がズキズキと重く疼くのは、胡散臭い男の話の内容の突飛さの所為なのか、それとも忘れ去った記憶の中の罪悪感の所為なのか、その判断を下すことは綱吉本人にさえ不可能なことで。
今の彼に出来ることといえば、綱吉の様子を興味深そうに観察している分家の当主に問いを重ねることだった。

「そんなことが本当に出来るんだったら、俺、今頃カミサマですよ」
「カミサマでしょう。なくとも、あの哀れな7人の子どもにとっては」

にこりと、再び浮かんだ骸の笑みには、確かに微量の悪意と多量の現状に対する愉快さが含まれていて、それが途轍もなく綱吉の癇に障る。

「俺はあいつらの保護者をやるつもりはあっても、カミサマになんて―――」

「いつまで、そう言って逃げるつもりですか?」

不意に、骸の顔から表情が消え、声から感情が消滅した。
それに気圧されてというよりも、自分でも薄々自覚している部分に言及されて、綱吉はぐっと言葉につまり視線を左右異なる瞳から外して下を向く。

確かに、綱吉は、あの子ども達が自分にある意味では依存しきっていることを知っている。
しかも“生命”という一番へヴィーな部分で。

目線を自分の膝頭辺りに固定して、綱吉は内心で独語する。

その辺の大学生に捕まえて聞いてみろよ、一気に7人もの命に対して責任が持てるかって。

それは卑屈な主張ではあったかもしれないが、とても深い苦悩と愛情に裏打ちされた呟きでもあって。
例え自分が300年前から生きていたのだとしても、綱吉の持っている知識や経験は19年前(本当は、2歳からなのかもしれないけれど)からのものにすぎない。
その経験だけで考えるなら、あの子ども達を愛しているというだけで彼らの存在自体に責任なぞもてないと思うのは、普通の見解だっただろう。

綱吉の周りの人間が、状況が、それを許さないだけで。

「俺が逃げずに受け止めて、それで一体何がどうなるって言うんですか」
「彼らが救われるでしょう、少なくとも精神的な面で」
「・・・」

リボーン、コロネロ、スカル、―――そして綱吉にとって面識のない4人の子ども。
綱吉の知る、あの馬鹿みたいに美しい子ども達の瞳には、いつだって尽きることのない親愛と―――寂しさが混在していた。

「まぁ、今は、その話を置いておきましょう。貴方が全てを聞き終えた後に、自分で考えるべきことです」
「・・・そう、します」

「では、私は私の役目を果たすとしましょう」

骸は、玩具箱を開けるときの子どものような、何かを楽しみにしている笑みを口に浮かべて語り始めた。




『ねぇ、骸さん』

ツナヨシたちがヴァリアーから離れ、ヴァリアーに逆らうはぐれウィザード達を集めていた頃。
本拠地にしていた、小ぢんまりとした宿屋の廊下で、最近めっきり大人びてきたツナヨシの声が骸を呼び止めた。
ウィザードたちの先陣に立って彼らを鼓舞し、士気を高める姿からは想像できないほど、非戦闘時のツナヨシは穏やかで幼くて。
庭などでリボーンたちと寛いでいる姿は、殺伐とした時世の、組織内の密かな癒しとして愛されていた。

その幼さの奥に、異母兄への紛うことなき怒りと憎しみがあることを知っているのは、ツナヨシと同じく魂に関わるウィザードの骸くらいではあったろうが。
ツナヨシもそれを知っているからか、骸に対しては大衆に向けるカリスマの表情とはまた違った顔を見せる。

今回も、その一種であろうことは、琥珀色の瞳にかすかに滲む覚悟を見たせいだった。

『どうしました、当主』

そう呼べば、少しだけ気恥ずかしそうに笑うあたり、ツナヨシはまだこの組織の長になりきれていないとでも思っているのだろう。
ここに居るすべての人間が、ツナヨシという旗印に共鳴して、あの強大なヴァリアーと戦うために命を投じようとしているというのに。
いつまでも気弱なツナヨシに少しだけ呆れたが、それをおくびにも出さずにツナヨシの次の言葉を待つ。

『あなたに、頼みたいことがあるんだ』

琥珀色の瞳の奥で、ゆらりと光が揺れた。
それがツナヨシの魂の光であることを察して、骸は彼が能力を使おうとしていることに驚いた。

ツナヨシは、自分の能力がどういうものかをおぼろげながらも理解し始めてからは、自ら進んで能力を行使することはなくなった。
一つ間違えば、他人を意のままに操れてしまう能力なんぞ、気弱なツナヨシが使う気になれないのも当然かもしれない。
―――ツナヨシの言葉に共感するだけで、組織に属する殆どの人間はツナヨシが望まなくても彼のイメージどおりに動いてしまうのだが。

それを、自分と類似した能力を持つゆえに、ツナヨシの能力が効きにくい骸に対して行使するのだから、骸の驚きと不審も当然だった。

『貴方に、手伝って欲しいことがあるんだ』
『―――ふむ、無理矢理にでも僕にさせたいことがあるんですか、ツナヨシくん』

気弱なツナヨシが、人一人の人生に介入するという大それた決意をするほどの、望み。
すでに自分の意のままに動かせるであろう、ディーノや獄寺、他のファミリアではなく、興味本位でツナヨシ側に属しているだけに過ぎぬ骸に手伝わせようとする望み。

『うん』

ふわりとツナヨシが浮かべた笑みは、決められた覚悟の重さを示すかのごとく、秋の空のように澄んだものだった。

『調べてほしいことがあるんだ。それはきっと、1年や2年じゃなく・・・きっと貴方の肉体年齢が限界を迎える時よりも、さらにその先までかかる調べものなんだけど』
『それはまた、壮大な頼みごとですね』
『うん、だから骸さんにお願いしてるんだ』

それにあなたにとっても、興味深い調べものになると思うよ。

無邪気で柔らかな笑顔で、だから人間を辞めろと言外に言ってくる年下の当主を見下ろして、骸は目を細めた。
そんな話を、こんな年季の入った宿屋の廊下でし始めなくても良かろうに。
そう思って、骸は手近にあった部屋の扉を開けて、無人の室内に若きカリスマを誘った。
ツナヨシはそれに素直に従って、部屋の中の椅子に腰掛ける。
宿泊者がいないためか、ベッドマットだけが置かれている寝台に腰掛けて、骸はツナヨシに目線で話の続きを促した。
窓から差し込む西日が、舞い上がった埃に反射して、一瞬だけ美しく煌く―――所詮は塵に過ぎないが。

『―――俺の子ども達が、どうやったら死ぬのかを調べて―――いや、あいつらの死の定義に関する俺の仮説を検証して欲しいんだ』
『それはまた奇妙なことを言いますね。彼らは、貴方が手を下さなければ死なぬ存在ですよ。元は、ヴァリアーが作り出した“ヒトガタ”という入れ物に入っていた“魂”だけがそうだったのでしょうが、いまや、彼らの魂は完全にあの肉体と融合しているのですし』

貴方が彼らの魂を壊さぬ限り、彼らはあの肉体から離れることも、死ぬこともできない。

『とっくにご存知だと思っていましたが』
『そうだね、知っているよ。俺は、そこに関しては全責任を負わなくちゃいけないから。あいつらが死ぬ時は、俺が死ぬ時だ』
『・・・では、どういうことでしょう?』

珍しく、微かながらに困惑の表情を浮かべる骸に、ツナヨシはどこか愉快そうに小首を傾げた。
骸に対するツナヨシの態度は、いつもどこか無邪気に小悪魔的で、それが自分に通ずる能力者への親近感から来るものなのだろうかと、獄寺などはどこか羨ましそうに唸っていた。

―――これが羨ましいなら、いくらでも代わってやるというのに。

魂の運び手として、敵味方問わずに畏怖される男は、恐らく自分よりも上位の能力者を前にして苦々しく眉を顰めた。
骸は、魂に干渉できるという点ではツナヨシと類似したウィザードである。
創り出すという点において、二人の間には決定的な差異があるにしても、確かに骸とツナヨシの能力は似通っていた。

『簡単なことだよ。俺が死んだら、彼らも死ぬのかを知りたいんだから』
『・・・ほぅ、それはまた極論ですね』
『そう?俺はずっと考えていたんだけど』

興味深そうな表情になった年上の腹心を相手に、ツナヨシは子どもが夢を語るような仕草で語る。

『だって、そうでしょう?あいつらは、俺がその存在を希望し、肯定し、固定したからこの世界に在る。この説明が正しいなら、俺が死ねば、あの子達は自分の存在の定義を失うことになるんじゃないのかな』

―――まぁ、俺自身が自分の能力を把握しきれてないから、何とも言えないけど。

そう言って笑う綱吉を見て、時々、骸はツナヨシの無垢さが哀れになる。
今もそうだ、彼は確かに自分の負った責任の重さも罪深さも知っていながら、それとは全く無縁であるかのような発言をする。
それを卑劣だとは思わないが、2歳で世界から隔絶され、自分の作り上げた世界で生きてきた人間の破綻した人間性とは、骸が今まで巡って見て来た六道の混沌に似ていた。
慈悲深くもなく、酷薄でもなく、ただ純粋で。

『貴方が死んで、彼らが死ななかったら、どうするんですか?』

それこそ彼らにとっては悲劇だろう。
唯一自分を殺せる人間に死なれ、いつ終わるとも知れぬ生を抱えて生きるには、彼らはあまりに―――脆すぎる。
そこが創造主に似ているな、なんて笑えない感想を抱いたのは、誰だったか。

『うーん、だから、試しに仮死状態になってみようと思って』
『・・・は?』

今度こそ、骸は自身の当主の言葉を理解できずに、あからさまに疑問符を並べて問い返した。
ツナヨシの言動は、どうしてこうも、突飛なのか。

『あはは、骸さんにそんな不思議そうな顔されると気持ちいいなぁ』
『貴方の言動が俗世離れしやすいことは知っていますが、もう少し順を追って説明していただけますか』

その言葉に、ツナヨシは人差し指を立ててくるりと回した。

『俺の目下の障害は、当たり前だけどザンザスなんだ。残念なことに、俺は今のままだとあの兄には勝てない―――認めたくないけど、あいつは俺にとって憎い以上に怖い存在だから』

だから、今のままでは、彼の魂を壊すまでの能力を発揮できない。

そう言いながら、ツナヨシはぎゅっとまだ幼さの残る手で握り拳を作る。

『でも、時間さえかければ、兄の魂に働きかけることだって不可能じゃないと思うんだ。そのために、俺とアイツの魂を肉体から切り離してタイマンはってみようと―――』
『なるほど、それが、仮死状態と言うことですか』
『うん、そう』

魂の姿であれば、あの炎の暴君を封じることも可能だろう。
だが。

『あのザンザスが、そうと分かっていて、簡単に従うでしょうか』
『従うと思うよ、俺だって、怖くてもアイツの魂を縛ることくらいなら出来るはず、だし―――肉体を捨てて、魂だけになれば、それくらい・・・』

確信は持てないのか、最後の方は尻すぼみになったツナヨシの言葉に、骸の色の異なる瞳が再び細められた。
ツナヨシの能力が、特異かつ強大でありながら決して最大限に発揮されないのは、彼の能力の源である魂が肉体と言う檻に囲まれているからである。
つまり、肉体から魂を引き離せば、彼は今まで以上に彼の望みを具現化できる可能性があった。

『・・・それによって、貴方は自分が何を失うのかを理解していますか?』
『魂を失くした肉体は滅び、肉体から離れた魂は、やがてリセットされる。そう教えてくれたのは、骸さんじゃないか』
『―――そうでしたね。そうと知っていて、貴方は確信の持てない行動を実行に移すんですか』

幼い頃から魂に刷り込まれた恐怖を払拭し、他者の魂と自分の魂をリンクさせる。
それがどれだけ成功の確率が低く、気の遠くなるような時間を要することなのか、これまで幾度もの生を巡って来た骸にさえ想像がつかない。
骸の問いに、ツナヨシは子どもじみた、けれど真摯な言葉を返した。

『だって、このままじゃ、この争いは終わらない』

ザンザスが死ぬまで待つには、ウィザードの置かれた状況はあまりにも過酷すぎる。
血統によって繋がるウィザード一族の先代当主は悉くザンザスに殺されて、現在の当主たちも就任したてで当てにはならない。
反旗を翻しているボンゴレにしてみても、ザンザスと言う強烈な個に勝るウィザードなぞ、ツナヨシを除いて他にいないのが現状だった。
そのツナヨシが、今のままではザンザスに勝てぬというならば、それはそのままウィザード達があの炎の暴君に膝を屈せざるを得ないということでもあって。

打開策など、明日をも知れぬ現状では悠長に考えてもいられない、というのが恐らくは大多数のウィザードの本音だった。

『俺はあの兄が怖い。その恐怖が、そして俺の肉体が、俺のザンザスへと向けられる力を阻む。―――俺はあの兄と一対一で向かい合わないと、いつまでもこの恐怖から逃れられないと思うんだ』

ベストなのは、俺がザンザスの魂とリンクしたところを攻撃してもらって、俺ごとザンザスを殺してもらうことなんだろうけど。

『それはきっと、リボーンたちが許さないだろうし―――ややこしいね、ほんと』

溜息とともに紡がれた言葉に、骸は内心で同意した。
あの不老不死の魂を持つ子ども達は、決して彼らの創造主を害するものを許さないだろう。
彼らに命ずることの出来るツナヨシとザンザスが動けない状況下で、アルコバレーノというウィザードを凌ぐ能力者たちの妨害を超えて、誰がツナヨシを害せると言うのか。

―――例え、今は敵陣にあろうとも、リボーンたち以外のアルコバレーノも、ツナヨシを害する者は敵味方を問わずに撃砕するに違いない。

『―――はぁ、本当に手のかかる兄弟ですね、あなた方は』

興味本位で、彼らに干渉した自分が馬鹿だった、と、骸は恐らく彼の長い人生の中で初めて、後悔と言う感情をかすかにでも胸によぎらせて、溜息をついた。




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