お届け物です。


「魂に制約は無い。アイツ自身が持っていた恐怖さえ克服すれば、アイツはザンザスに勝らずとも劣ることは無い。そーいうことだ」

静まり返ったトレーラーの中、ラル・ミルチは、手の中で愛銃を弄ぶ兄弟を視界の端に捉えながら、その言葉をゆっくりと思考の中で咀嚼した。
脳裏によみがえるのは、凍っていく炎の暴君と、それに寄り添うように鉄の鳥篭の中で眠りについた“父”の姿。

「・・・だから、あの時Padreは・・・」
「アイツは、お前が―――創りだされた魂として、未完成だったお前だけが、ザンザスの下にあってもザンザスに抗える可能性があることを知っていたんだコラ。だから待った。手勢を集め、ヴァリアーに対抗できる組織を構築して。―――お前が、その身を投げ打ってザンザスに隙を作る、その時をな」

不意に、第三者の声が上がった。
その声の主を振り返れば、メンテナンスを終えたらしいコロネロの空色の瞳が、反応を観察するようにじっとラルへと向けられていて。
ラルは、再びその言葉について考え―――考えに考えて、きょとんとした表情を美貌に閃かせて口を開く。

「・・・それの、どこがいけないんだ?」
「―――」
「―――・・・だから言ったじゃねーか」

眉を寄せて眉間に皺を作ったコロネロに、どこか呆れとも諦めともつかぬ溜息をついてリボーンが声をかけた。
そんな二人の様子が理解できなくて、ラルは不審げな目線を二人の兄弟へと向ける。

「ラルは300年間寝ていたようなもんなんだぞ。・・・俺達だって、半分寝てたようなもんだけどな」
「・・・わかってるぞコラ。・・・俺達でさえ、変わんねーんだからなコラ」
「???何の、話をしているんだ」

「僕達が、いかにあの人を求め、あの人に依存し、あの人を愛しながら憎んでいるのか、そういうことです」

年功序列だ何だと言われ、最後にメンテナンスを受けていたスカルが、混乱するラルへと謎かけにも似た答えを返した
そして、300年も裏で技術開発してただけありますね、と、腕を曲げて出来を確かめながら呟きつつ、ラルの方へと歩み寄ってくる。

「100年目は恋しくて寂しくて狂いそうでした」
「200年目は憎くて憎くて仕方がなかったなコラ」
「300年目は、わからなくなった。俺がPadreを求めるのは、アイツが唯一、俺を殺せるからなのか、それとも俺にとってアイツが―――何者にも代えがたい存在だからなのか」

淡々と語られる、ラルが恐らくPadreにもっとも近しい存在であると考えている3人の兄弟の言葉には、ラルの知りえない深遠な葛藤が含まれていた。

「な・・・そんな・・・だって、お前達は、一番Padreを愛していて・・・だから、ずっと待ってたんじゃないか。ボンゴレから離れず、ずっと」
「あぁ、もちろんだぞ」
「俺達が、アイツの残した唯一の繋がりから離れるわけがねーぞコラ」
「・・・それさえも、あの人は見越していたんでしょうけど」

だから彼は眠りについた。
決して子ども達が、自分から離れていかないことを誰よりもよく知っていたから。

「・・・まるで、憎んでいるみたいだ」

自分にとって、もどかしいだけだった300年が、誰にとってもそうだったとはかぎらない。
それぞれの瞳に、老成した諦めとも達観ともつかぬ色を見て、ラルは一瞬たじろいだ。 そんな末っ子の様子を見て、コロネロはいつものように不遜に笑うと、ぽん、とラルの頭に手を乗せる。
 
「ま、自分勝手に人を巻き込んで、悠々と記憶喪失になりやがったあたりに、ムカつきはしたけどなコラ」
「結局、あいつには勝てねーんだ」 「今だって、何も覚えてないのに、何も変わらず、俺たちをただひたすら大切に思ってくれる人間なんて、あの人以外にはいないだろうし。あの人は、俺達を何だと思ってるんでしょうね。都合のいいペットなのか、大切な子供なのか、俺にはさっぱりわからない」

驚きながら、悩みながら、それでも綱吉は決して子供たちの手を振り払わなかった。
もちろん、300年前に、自分がその子ども達を創造して、そして勝手に彼らを置いて眠りについたことなぞ欠片も覚えてない。

そんな、記憶のない彼にとって、見ず知らずの厄介ごとでしかない子ども達の、自分を求める小さな手を。
綱吉は決して離そうとはしなかった。

それこそが、何よりもリボーン達を歓喜させ、絶望させた。

どうしようもなく、あの寂しがり屋の鳥籠の神が愛しいのだと。
彼のために、彼が望んだから、自分達は300年という時間を耐えてここにいるのだと。

「・・・300年、長かったか?」
「さぁな、もう忘れたそ゛コラ」

過ぎたことをいつまでも振り返っていても仕方ない。
そんな感傷に浸っても、何も変わらない。

「第一、ほとんど動かなかったしな。あのダメツナの魂が眠っちまってたせいで」

くるん、と銃を回して手のひらを空にして、リボーンは立ち上がった。

「行くぞ、審判の時間だ」

その口調は、待ちわびていたプレゼントを受け取るような子どもの様で、一瞬ラルはリボーンの言葉が何を指しているのかを理解できなかった。
けれど、今、綱吉の傍に居るであろうオッドアイの男の存在を思い出してはっとした表情になる。

恐らく骸に与えられた役目は二つ。
子ども達が、ツナヨシの魂が眠っている間どうなっているのかを観察すること。
これは、魂を取り扱える能力を持ち、輪廻を外れて観察し続けるほど興味の対象にしている男にとっては、“魂”がいかなるものかを知る、またとない機会だったはずだ。
そして、もう一つの役回り。
ツナヨシに心酔していなかったからこそ与えられた、役目。

記憶を消去された綱吉に、自分が命じたことの残酷さとその結果を伝える役目。

300年という長い間、少なくとも3人の人間と、7体の子ども達の人生という時間を、自分の望みをかなえるために、不当に縛り付けていたこと。
“掟”とさえ称される目に見えぬ拘束力で、ボンゴレに属する全ての人間を子々孫々にわたるまで繋いだこと。
記憶がリセットされた綱吉を、そういった事実と向かい合わせるのが、骸の役目だった。

その事実と引き換えに、ツナヨシはウィザードの暗黒時代に終止符を打ち、ボンゴレ内の内戦を未然に防ぎ、ウィザード界の力を安定させた。
けれども、人一人が背負う業として綱吉一人の命では贖いきれぬ所業の上に、そういった安定は約束されていた。
それは、何も知らぬ綱吉にとっては酷く残酷なことで。
だから、ツナヨシは骸を選んだ。

ツナヨシの持つ能力に興味と羨望を抱きながら、それと同じくらいツナヨシを妬み憎んでいる男を。




『僕がその頼みごとを引き受けなければどうするんです?』
『あはは、多分それは無いなって思ってるよ。だって、骸さんは、“俺”になりたいんだもん。だから知りたいでしょう?“魂”とは何なのか』

椅子の背凭れに頭を預ける格好で、煤けた宿屋の天井を見上げながら、ツナヨシは尊大な台詞を無邪気に言い放った。
それを受けた男の美貌が、一瞬殺気を滲ませたが、すぐにそんな物騒な気配は霧散する。

『・・・厄介な上に自意識過剰ですね、あなたと言う人は』
『そうかなー?』

そう言いながら、ギリシと音を立ててツナヨシの華奢な肢体が伸びをして、琥珀色の瞳が楽しそうにオッドアイに向けられた。

『じゃぁ、なぜ貴方は、魂に記憶をデータとして継承させながら旅をしているの?なぜ、こんな厄介な俺のところにいるの?』
『・・・気まぐれですよ』

その言葉が誤魔化しだと、逸らされたオッドアイが何よりも雄弁に語っていた。




かすかに空調の音がする、空気の乾ききった室内で、特上のソファに座ったまま、綱吉の思考は収拾がつかないほどに乱れていた。
けれど、左右異なる一対の瞳が、綱吉の思考が逃避することを許さない。

骸の目は雄弁に語る。
お前がしたことの罪深さを、その結果を、自分は報告しているのだと。

「貴方の仮説どおり、アルコバレーノは貴方の魂が眠りについてから暫くして、眠っていることが多くなりました。そのおかげで、ザンザスの隣で眠っていた貴方の魂を、あちら側のアルコバレーノの妨害を受けながらも回収できたわけなんですが」

じっと、揺らぐ琥珀色の瞳を見据えたまま、骸の唇が淡々と言葉を紡いでいく。

「それを確認するために、またザンザスの封印によって行き場を無くすであろうはぐれ達を受け入れる組織を支えるために、跳ね馬や悪童や―――この僕は、300年間記憶をデータとして残しながら生きてきたんです。そして、組織に属している人間の殆どは、先祖代々、貴方が願った目に見えぬ“掟”の名の下に、ボンゴレのために生きてきた」

もう止めてくれと耳を塞ぎたいのに、綱吉の膝の上で握り締められた手は、そこに貼り付いてしまったかのようにピクリとも動かない。

「同じように、アルコバレーノ達も、満足に動くことも、だからといって死ぬことも出来ないまま、300年間生きてきたんです。―――貴方の願ったとおりに」
「―――っ!!」

限界だった。
強く強く握り締められた綱吉の掌の皮膚は爪によって突き破られ、そこから流れ出た血液が、力の込めすぎで白くなった指の合間を通って滲み出してきた。
やがてそれは一筋の流れとなって、ジーパンの膝を染めていく。

「言ったでしょう、貴方の腕は2本しかない。その腕で、全てを受け止めることは不可能だと」

瞳を見開いたまま、決して手元に視線を下ろさずにこちらを見てくる綱吉に、骸はそう哀れむように囁いて、ゆっくりとあちこちはねる茶色の前髪に指をのばした。
見た目よりも柔らかな髪が、のびてきた白く長い指に絡んで流れていく。

「以前の貴方なら、笑って受け流したんでしょうね。無邪気で、世間知らずで、残酷に我がままだった貴方なら」

でも、と骸は今にも発狂しそうな、綱吉の蒼白の顔を眺めながら逆説を唱えた。

「今の貴方は、よくも悪くも平凡に幸せな家庭で育った、平凡な人間に過ぎない。そんな平凡な人間の平凡な間隔で受け止められるほど、300年という月日は軽くないでしょう?」

耳鳴りがする。
世界と自分の間隔の間に何か薄い膜が張られて、その膜の中で押さえつけられているような、不快感を覚える。

自分は、一体何をした?

その問いだけが、明確に綱吉の意識の中に浮かび上がって、その存在だけで、何かが壊れてしまいそうな、気が狂いそうな、強迫観念に襲われる。

ディーノが、獄寺が―――骸が、綱吉をボンゴレの要と呼ぶのは何故か。
彼らが長い間この世界に魂をつながれていたのは何故か。

子ども達が、あのこの世のものとは思えないほどに美しく強い子ども達が、老いた光をその宝石のような瞳に宿し、綱吉の傍に無邪気に侍りながらその生命の終焉を望むのは何故か。

全ては―――。

「俺が、そう望んだから・・・?」
「貴方が、そう望んだから。ザンザスを倒したい、アルコバレーノ達の生命の定義を検証したい、世界が平和であって欲しい、そう望んだから」

喘ぐような綱吉の言葉に、いつの間にか綱吉の前に片膝を折っていた骸の言葉が重なった。
その指が、再び伸ばされ、今度は色を無くして震えている頬にかかる。

「全ては、貴方が望んだことなんです」
「―――っぁ・・・っ!!!!」

慟哭をあげようとした綱吉の喉は、けれど過度のストレスによって引き攣れて、声にならない掠れた空気音を上げた。
そんな綱吉の様子を見ながら、正気と狂気の境界にいる彼を彼岸へ押し出そうと、とどめの言葉を紡ぎかけた骸は、不意に空気の揺らぎを感じて、諦めたように肩を落とした。

「せっかく、彼を現実から逃避させてあげようと思ったんですけどねぇ」

そして、そう呟いて立ち上がり、入り口の扉をあけて、焼き殺されそうなほどに強い殺気を放つ美貌の子どもを見遣る。

「それは、お前の役目じゃねーぞ、出しゃばるな」

凛と透き通った、けれど地を這うようにドスの利いた声が、かすかな空調音を打ち消して室内に響いた。

「お帰りなさいアルコバレーノ。メンテの方はいかがでした」
「言うまでもねぇなコラ。さっさとツナから離れろ」
「まったく、これだから信用できないんですよ“運び手”は。いつツナを乗っ取ろうとするかわからない」

「Padre!」

コロネロ、スカルの声に続いて上がった、他よりも少しだけ高い声が、綱吉の瞳に正気を宿す。
ゆるゆると琥珀色の瞳がそちらを見れば、今にも泣きそうな表情で、一人の見慣れぬ美しい子どもが駆け寄ってきて―――ぎゅうっと座ったままの綱吉の首に腕を回して、縋るように抱きついた。
その衝撃で、綱吉の瞳の焦点が合って、驚いたような表情で自分の胸に飛び込んできた子どもを見下ろす。

綱吉が見慣れた、アルコバレーノの子ども達に勝るとも劣らない美しい顔。
けれど、ケロイド状の傷が緩やかに波打つ髪の間から垣間見えて。

「・・・君が、ラル・ミルチ?」
「そう。そうだよ、Padre」

綱吉に名を呼ばれるだけで、嬉しさに身を震わせる子どもを、次の瞬間には抱きしめていた。

「ごめん、ごめんな」

この子が自分を思ってくれる、純粋な心を利用した。
体をぼろぼろにしてまで戦ってくれることを知っていて、止めなかった。
超常的な回復能力をもってしても、こんな後を残すほどに酷い怪我をさせた。

「ごめん・・・!」

謝って許されることではないのに、卑怯な口は謝罪と言う免罪符を振りかざす。

けれど、そんな言葉など聞こえていないのか、長い長い時間を越えて、愛しい父の腕に抱かれたラルは、本当に幸せそうな表情を浮かべて、華奢な綱吉の首筋に形の良い鼻を摺り寄せた。
その無邪気な仕草が、無言の責め苦となってさらに綱吉の良心を責め立てる。

「Padre、Padre・・・ツナ、何を謝ることがある?俺は、貴方の役に立てて、貴方の望みどおりに動けて嬉しかったのに。むしろ、謝るのは俺の方なのに」

ソファに座る綱吉の膝の間に膝を立てて向き合いながら、ラルはゆらゆらと自虐と罪悪感で満ちている琥珀色の瞳を見つめながらそう言った。

「俺は、貴方が望んだからここに居る。それが嬉しい。貴方がここで、こうして生きていてくれるだけで、俺は幸せなんだ」

切れ長の瞳を嬉しそうに和ませて、真っ直ぐな瞳で子どもは語る。

貴方が俺の唯一だから、と。




綱吉の腕の中から、小さな子どもは不器用に、はにかみながら、そして無邪気に淡く微笑んだ。
それを見て、胸を締め付けられるような痛みを覚えたのは、ここまで無心に愛してくれる子どもへの愛しさと、そんな風にしか生きることの出来ない子どもへの切なさとが入り混じった感情が綱吉の中に渦巻いていたからに他ならない。

同時に、深い悔悟の情が末端神経まで満たしてしまったかのように、手が震え、唇が泣く寸前の子供のように戦慄いた。

自分が願って、自分のために生まれてくれた彼らに。
自分の勝手で長い生を耐えさせた彼らに。

自分では責任を持てない、と思っていたなんて。

なんたる傲慢。

彼らには、真実、綱吉しかいないのに。

そして、綱吉の中でゆらゆらと決意と迷いの間を揺らめいていた振り子が、パタンと倒れた。

琥珀色の瞳が、骸を牽制するように殺気を込めて睨みつけている3人の子ども達に向けられる。
そして、穏やかで、何かへの覚悟に裏打ちされた深い慈愛の声が、宝物を愛しむように丁寧に名を紡いだ。

「リボーン」
「なんだ」

「コロネロ」
「なんだコラ」

「スカル」
「はい」

「おいで」

差し伸べられた手は、華奢で、脆くて、決して独占できるものではなかったけれど、確かに子ども達を受け入れるためのもの。

――― 一番初めに動いたのは誰だったのか。

奇跡に等しい美貌を、かすかに、けれど確かに、泣き出す寸前の子どものようにくしゃりと歪めて、子ども達は羽のように軽やかに、自分達を受け止めてくれる腕の中に飛び込んだ。
既に片手にラルを抱えていた綱吉の体は、3人の子ども達の勢いに負けてソファの背凭れに沈む。

華奢で、頼りなくて、すぐにでも折れてしまいそうな“父”
その腕は2本しかなくて、4人の子ども達でさえ十分に抱きしめてやることは出来ない。

だが、それが何だというのだろう。

子ども達にも、2本の腕があるのだ。
しっかりと、“父”から差し伸べられた暖かさから離れぬための、腕が。

“父”さえ許してくれるのなら、彼らは何を捨てても、“父”から離れたりはしない。

4人の子どもにしがみ付かれた状態と言うのは、きっと傍から見れば滑稽なものなのだろうけれど、綱吉にしてみても4人の子ども達にしてみても、そんなことは何ら問題ではない。

やっと、向き合うことが出来た。

それだけが全て。

綱吉が背を向けるのではなくて、子ども達が追い縋るのではなくて。

「ごめんな、俺の勝手で、待たせてたんだよな、ずっと、ずっと・・・」

それなのに、自分は未だにそれを人づてに聞いただけに過ぎない。
記憶の中身を説明されて、酷い自己嫌悪と罪悪感を抱いていても、それにリアリティを伴ってはいない。

だけれども。

「思い出せなくても、俺は」

もうお前達から離れたりしない。




ふわりと、ディーノの革靴が、久々の母国に―――足の裏に慣れた石畳を感じる場所に舞い降りた。
そして、アスファルトとは種類の違う硬さのある足音を立てながら、見慣れた紋章を2つ掲げた大きなアーチ型の門の前に立つ。
蔦の絡んだ大きな門は、ディーノが前に立つだけで、自然に内側に開いていった。

「当主、何かあったので」

石畳の左右を、色とりどりの花が咲き乱れているというのに、ディーノを出迎えた男の服装は夜の闇にしか溶け込めない色で固められていて。

「ロマーリオ。本城に行く、準備をしておいてくれ」

300年前、自分の腹心だった男の子孫は、祖先と同じように真面目くさった顔で、余計なことは口にせずに踵を返して先に屋敷へ消えていく。
それを見送って、ディーノは久しぶりに吸う故郷の乾いた空気を吸い込んだ。

ボンゴレの本城へは、ボンゴレ3分家の中枢からしか行くことはできない。
それ以外からの干渉を全て撥ね退ける空間が、獄寺の子孫たちの手によって築かれているからだ。

本城はもちろん、各分家の本邸や、傘下の会社や技術開発部など、ボンゴレに連なる全ての建物がある空間を管理するのが獄寺のファミリー。
世間に顔向け出来るものから出来ないものまで、さまざまな技術開発をするのが六道のファミリー。
そして、ボンゴレの公式行事や業務の一切を取り仕切るのが、ディーノのファミリーに割り当てられた役割だった。

獄寺のファミリーのような特異な超常能力も、骸のファミリーのような常軌を逸する頭脳も持たぬ代わりに、ディーノの子孫や、彼らに従うウィザードたちには、有り余るほどの世渡りの才と身体能力があった。

「当主」

不意に、ディーノと同じ蜂蜜色の髪をした少年が、咲き乱れる花々の陰から顔を見せる。

「よ、留守預かりありがとうな」
「いえ。―――本城に行かれるのですか?」
「あぁ」
「10代目の襲名披露、行われるのですね」
「・・・嫌か?」

自分の子どもの子どもの―――もう、何代後の子どもなのかさえ曖昧でも、ディーノにとって、目の前の少年は生まれたときから知っている自分の子どもだった。
その少年の瞳に、僅かながらに否定的な色を見て、苦笑しながら腰をかがめて目線を合わせる。

「だって・・・当主は、何とも思われないんですか」

貴方が、長い間守ってこられた組織なのに。
彼が紡いだ言葉には、これからボンゴレと言う強大な組織全てが、降って湧いたような顔も知らぬ10代目に明け渡される、という未来に対しての紛うことなき反感が含まれていた。

「ああ、むしろ安心してるぜ」

その反感を直接的に否定はせずに、ディーノは晴れ上がった空を見上げた。

やっと、自分達の役目が終わりを告げる。
それだけで十分だった。




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