お届け物です。 魂―――とは、キリスト教的に言えば人間の不滅の本質であり、如何なる者もそれに関する確実な知識を持つことが不可能とされる、生命や精神の根源である。 だからこそ、人の手で作り出した“魂のない人間”、つまりアンドロイドは、本質的な意味で“人”になることはできなかった。 魂の作り方など、誰も知らないのだから。 「た、魂って・・・作れるんですか?」 色々と頭の中で考えてみたが、結局綱吉の口から零れたのは、そんな素朴な疑問で。 それを聞いて、ディーノはゆっくりと首を振る。 「さあ、俺は作れないから知らないが、少なくとも、ツナの膝の上で寝ている二人には“ヒトガタ”に埋め込まれる疑似人格のチップは埋め込まれていない。そいつらは、そいつら自身の意思を持っている」 お前だって、それくらい知っているだろう? そう問われて、綱吉は内心深く頷いた。 少なくとも、リボーンとコロネロと過ごしてきた今までを振り返っても、二人の子どもは本当の子どもと全く変わりない様子で、風呂に入れる時以外彼らが人間ではないことなど意識の外であった。 あまりにも人間にしか見えなくて、それが人の手によって創られた“ヒトガタ”としては、考えられないくらいの精巧さであることを失念していた。 疑似人格がどの程度人間に近い感情表現を可能にするのかは知れないが、果たしてそれは、この膝の上の子どものような、自然な感情表現ができるものなのであろうか? というよりも、その疑似人格を埋め込まれていないリボーン達は、どうやって感情や意思を生み出し、表現しているのだろう? 考え込んでしまった綱吉の膝の上、その子ども達は、長い睫毛で縁取られた大きな瞳で綱吉を直向きに見つめている。 その瞳には、人工物では有り得ない確かな意思―――何かに縋るように、救いを求めるように、そして、甘えるような光が宿っていた。 それを見て、綱吉の頭の何処かが、すとん、と理解した。 ―――彼らは“人”ではない。でも、“人形”でもないのだと。 「・・・お前達は、お前達なんだよな」 そう誰にともなく呟いて、指通りの良い髪を、先ほどよりも優しく撫でてやる。 「ふん」 「今更なに言ってんだダメツナ」 「あーはいはい、口を開くとすぐそれなんだから」 もういい加減慣れたよ、と苦笑する綱吉を見て、キャバッローネ当主は微かに安堵したように肩をすくめた。 「その二人―――いや、ボンゴレのオリジナルシリーズ“arcobaleno”は、ボンゴレファミリーの始祖、初代ボンゴレの遺産だ。ボンゴレが作り出した“ヒトガタ”は、全てその“arcobaleno”のデータを元に作られている。だから“オリジナルシリーズ”なんだ」 「初代ボンゴレ、ですか」 「ボンゴレファミリーは、五大家の中で最も歴史の浅いウィザードの一族だ。今から300年前、初代ボンゴレに忠誠を誓った“はぐれ”ウィザード達が作り上げた、混合血統のウィザードファミリー」 「“はぐれ”?」 「まだその時代には、大きなウィザード一族以外にも、特異な能力を持ったウィザード達がいたのさ。血統的に引き継がれる知識は持っていないが、それ以外の、常人が持ち合わせないような能力を持ったウィザード。そういう奴らは、一族に属することなく好きに生きていたから、“はぐれ”と呼ばれた」 「はあ」 「ボンゴレファミリーの分家、俺たちCavallone(怒濤))とAverno(地獄)それからUragano(疾風)は、その末裔だな―――まぁ、分家は“ブレイン”の支配下で動くから、末裔も何もないが」 「“ブレイン”?」 「初代ボンゴレの時代―――300年前に、初代ボンゴレに忠誠を誓った3人の人間の、頭脳のデータを保存したもののことさ。俺たち分家の当主は、その“ブレイン”のデータを引き継ぐことで、当主を襲名するんだ」 そこまで話したところで、ふっと膝の上で眠っていたリボーンとコロネロが音も立てずに起きあがったかと思うと、綱吉の襟首を掴んで、子どもとは思えない力で開いていた窓から外へと放り出した。 綱吉は、あまりのことに状況を掴めないまま、訪れるであろう衝撃を覚悟して身を固くしたが、予想に反して、いつの間にか外に出ていたディーノに抱き留められる。 次の瞬間、綱吉の部屋から爆炎があがった。 「―――は?」 あまりに非常識なその光景に、咄嗟に口に出来たことは、まったく意味を成さない疑問符だった。 「来たな」 「おう」 「意外と早かったなコラ」 ディーノは綱吉を地面に降ろすと、守るように前に立ちふさがって、どこからともなく鞭を取り出しピシリと地面を打った。 そして、全く気配を感じさせないまま、綱吉の左右に静かに子ども達が並ぶ。 「な、な、な―――っ!?」 「うるせぇ、黙ってろダメツナ」 「痛いよリボーン!ってか、え―――!?俺の部屋―――!!!」 「うっせぇぞコラ」 「だぁ!お前ら、そんなに叩くなよ!これが黙ってられるか―――!!!」 「ツナ、しばらく静かにしててくれ、後で説明するから」 「でぃ、ディーノさんまで・・・」 説明されても、炎上したであろう綱吉の持ち物―――というか作りかけのレジュメやら、教科書やら、PCなどは戻ってこない。 けれど、その場に張り詰めた緊張の糸が、綱吉にそれ以上の言葉を紡がせなかった。 轟々と燃えさかる音以外、不思議な位、音がしない。 アパートの住民が、あの轟音に気付かなかったとは思えないが、誰一人顔を見せない。 周囲の民家からも、人の気配は感じられない。 まるで、ここだけ世界から切り取られたかのようである。 ディーノは、振り返らないまま背後にいる子どもに綱吉には解せぬ言語で問い掛けた。 「ヴァリアーの攻撃か?」 「いや。奴らはこんな馬鹿な戦い方はしねーぞ」 「・・・だろうな。ま、それなら、後先気にせず好きに暴れられるぜ」 にやりと不敵に笑ったディーノの横顔を見て、綱吉は、背筋にゾクリと冷たいものが走るのを自覚した。 彼らが何を話しているのか理解は出来なかったけれど、すくなくとも、今日の夕飯は何だとか、そういった和やかなものではないことくらい分かる。 ディーノが足下を蹴って跳躍し、三階建てのアパートの屋上に立った瞬間、真っ黒な服を着た覆面の集団がアパート周辺を取り囲むように、音もなく姿を現した。 そのまま足音もさせないで綱吉目がけて突進してくる。 「え、ええ!?」 「ツナ、伏せろ」 「ぐぇっ」 リボーンは、完全に空気について行けてない綱吉の襟首を掴んで、勢いよく地面に引き倒した。 そのせいで顔面からコンクリートにお見合いしたのだが、周りはそんなことを気にかけないままである。 けれど、綱吉に襲いかかってきた黒服達は、綱吉に手が届く前に上空から振り下ろされた鞭によって弾かれ、アパートの周りの塀に激突した。 コンクリートの塀にヒビが入り、黒服の下でゴキ、だか、ボキ、だか、そういった耳あたりの良くない音がしたが、そのまま何事もなかったように立ち上がって、再び綱吉に迫ってくる。 「嘘ぉ!?」 「ショット」 コロネロの言葉と共に、驚愕している綱吉の横で破裂音がした。 横を見れば、どこからだしたのか分からない自分の体ほどもあるライフルを構えたコロネロが、こちらに向かってくる黒服達を撃っている。 「おおおおお前も何してんのー!!!?」 銃刀法違反だとか、そもそも人殺しは犯罪だから、とか、そんな言葉が頭を過ぎったが、次に聞こえてきた発砲音に意識を奪われた。 恐る恐る振り向けば、リボーンが拳銃を構えて同じように発砲している。 「りりりぼーん!!お前、なんてことを!!」 「コイツらは人間じゃねぇぞ、見てわからねぇのかダメツナ。コイツらは、キョンシーだ」 「キョ、キョンシー?」 「龍家の傀儡だ」 「ロン家?いたっ」 「いいからちょっと黙ってろ」 頭を叩かれて地面に沈められて10分。 あれほど騒がしかった頭上が静かになり、視界の端に見え隠れしていた黒い布も見えなくなった。 そっと顔を上げれば、あれほどいた黒服達が姿を消している。 「どうやら、ディーノが傀儡師を見つけたみてぇだな」 「はあ・・・」 「行くぞ、傀儡師さえ始末すりゃ、この結界も切れる。居場所が割れた以上長居は無用だコラ」 「え?結界・・・ってかディーノさんは??」 「今頃傀儡師を片付けてるぞ」 リボーンの言葉が終わらないうちに、耳が痛くなるほどの静寂に徐々に街の喧噪が戻ってきたのを知覚した。 「ちょ、ちょっと待って!!俺の部屋はどうなんの!?明らかに異常事態でしょ!あの爆発は!!」 「そんなもん、ボンゴレの力でいくらでも有耶無耶に出来るぞ」 そんなことなどどうでも良いというように、リボーンは再び襟首を掴んで、アパートの玄関前に止まっていた黒塗りのベンツに綱吉を押し込んだ。 後からリボーンとコロネロが乗り込んで、車は静かに発進する。 ざわざわと人が集まり始めたアパート周辺が遠くなっていくのを見ながら、綱吉は、自分の平和な日常にヒビが入る音を確かに聞いた。 車で移動すること1時間半。 毛足の長い絨毯に驚き、大理石作りの床に恐れを成し、どう考えても必要のない部屋の広さに呆気にとられること1時間。 綱吉は、リボーン達に半ば無理やり連れられてきたホテルのスウィートルームで頭を抱えていた。 治安悪化が叫ばれる日本とはいえ、夕方の住宅街で、何の変哲もないアパートの一室が爆発するなんて、どう考えても非常識である。 警察沙汰は確実だとしか思えなかった。 だいたい、そこに至る経緯の説明からして、非常識きわまりないというのに。 「あぁぁあああぁぁ、レジュメが・・・パソコンが・・・ていうか、通帳とか保険証とか、うわぁぁぁ・・・」 無駄にふわふわなソファに腰掛けて、綱吉はそんなことを呟き続けていた。 ちなみに、綱吉の両隣では、リボーンとコロネロはそんなものはどこ吹く風と、優雅に(綱吉に淹れさせた)紅茶を飲んでいる。 やがてドアを解錠する音がして、ディーノが帰ってきたことを知らせた。 ばっと顔を上げれば、飄々とした表情の美丈夫が変わらない快活な雰囲気で部屋に入ってきたのが見える。 ―――な、なんで服が替わってるんだろ・・・。 ふとそんなことを思ったが、不吉な予感がしたのであえて突っ込まず、ソファから立ち上がった。 ディーノはそのまま綱吉の前のソファに腰掛けて、よ、っと軽い挨拶をしてきた。 「悪かったな、怪我とか無いか?」 「え、えぇ、むしろディーノさんこそ大丈夫でしたか?」 「俺?あんな三下にやられるほどヤワじゃないぜ。なんだ、心配してくれてたのか?ツナは良いヤツだな」 まだ出会って、半日も経ってないのに。 言われてみれば確かにその通りなのだが、綱吉は、不思議とディーノのことを疑うという発想を持てないでいた。 綱吉は一人っ子なので、ディーノのような“兄”に憧れていたからかもしれない。 昔から、綱吉は直感的にその人間が善人か悪人かを判断してきた。 綱吉の直感は、ディーノを含め、リボーンやコロネロが、決して綱吉に害を与えないことを教えている。 が、しかし。 ―――俺の周辺が実害を被っている気がするのは、勘違いじゃないと思う・・・。 「ツナの部屋は“ガス爆発があった”と言うことにしておいたから。とりあえず、爆発の被害を免れた物は、後日整理して届けさせる」 さらりと告げられた言葉に、つい条件反射で礼を言いそうになって、綱吉は思わず前にあったテーブルに手をついた。 「・・・って、あれガス爆発なんて可愛いものですか!?なんか色々吹き飛んでましたけど!!!」 「最近は物騒だからなぁ」 「俺、大事な物はあらかた吹き飛ばされちゃったんですけど!!?」 ケータイはポケットに入っていた。 けれど。 学生証も保険証も財布の中。 教科書やらは本棚の中。 作ったばかりのレジュメや、今までの資料、その他諸々の入ったパソコンはバッグの中。 そしてそれらは、部屋の中。 「部屋の損害賠償とかもあるし!!」 「さっき、あのアパートはボンゴレが買い上げたから、問題ねぇーぞ」 「そう、アパートごと買い上げるとかしないとどうにもならない・・・って買い上げたの!!!?」 「おぅ。というかツナ、お前これからは財布を持つ必要のない生活になるんだから、んな細かいこと気にするなよ」 「な、な・・・」 本気でどうかしている、この子どもも、目の前のディーノも。 自分の認識している“常識”というものが、彼らの前ではただの張り紙でしかない気がしてきた。 いちいち考えたり、反抗してみたりしても、この歩く非常識達には全く通じないから、綱吉の言動のことごとくが徒労になってしまっている。 「・・・はぁ・・・」 深い溜め息とともにソファに沈み込んだ綱吉は、一度目を閉じて息を吸うと、再び身を起こしてディーノに向き合った。 ―――いい加減、腹をくくらないと、もっと厄介なことに巻き込まれる気がする。 せめて現状把握ぐらいはしておかなければ、このまま何も知らず、何も気付かぬ間に、後戻りの出来ない状況に放り込まれてしまうだろう。 現段階で後戻り出来るのかは、かなり怪しいところではあったけれども。 「で、あの黒服達は何なんですか?」 「ウィザード五大家の1つ、龍家のウィザード達が使役する傀儡“キョンシー”ってやつだ」 「龍家・・・中国のウィザードファミリーですか?」 「ああ、多分、五大家の中で一番古いウィザードファミリーだ」 「そうなんですか・・・その龍家が、なんで俺の部屋を爆発・・・というか、なんで俺を襲ってきたんです?」 「簡単だ、ツナがボンゴレ十代目だから」 「・・・」 予想はしていたが、自分の知らないところで、確実に十代目に祭り上げられようとしている事実に、綱吉の認識がついていかない。 なぜ、他のファミリーの人間まで、自分が十代目などという勘違いが広がっているのだ。 まるで綱吉の思考を読んだかのようにディーノは口を開いた。 「そりゃ、ウィザードファミリーなんて、どこも自分の一族の繁栄を望んでいるからな。隙あらば、勢力拡大のために他のファミリーにちょっかいを出そうと、虎視眈々と伺っているのさ」 「でも、俺を殺したところで、代わりはいくらでも居るんでしょう?―――そもそも、俺は十代目になるつもりもないし・・・」 その言葉に、両隣に座っていった子ども達の瞳が一瞬だけ揺らいだが、綱吉はそのことに気付かない。 そしてディーノは、そんな子ども達の言葉を代弁するように、しっかりと琥珀色の瞳を見据えて、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。 「ボンゴレにとって、ツナの代わりは、残念ながら、この世のどこにも存在しない。だから、ボンゴレファミリーはお前を、総力を挙げて死守する。―――ツナは、ツナ自身が考える以上に、重要なポジションにいるんだぜ」 「そ、そんなことを言われても・・・」 「―――さっき俺は、龍家がツナを狙ったのは、勢力拡大のためだと言ったな。どうして、そう言えるか分かるか?」 「え・・・さぁ・・・」 「そうか―――じゃあ、教えてやるよ。―――ツナは、ボンゴレの心臓部だからだ。ツナさえ手に入れれば、誰もが何の苦もなくボンゴレの全てを掌握出来るからだ」 「―――え?」 「だから、ツナの親父さんはツナを守るためにいつだって家から離れて任務にあたっていたし、今だって、俺のような分家の当主が直接ツナの側にいるんだぜ」 「そんな・・・」 つい最近ボンゴレのことを知り始めた自分が、どうしてそれほどの影響力を持てるというのだろうか。 全く関わりがないに等しいというのに―――。 というか、本当に、父さん、あんた一体何者なんだ。 困惑を隠せない綱吉とは反対に、ディーノはあくまで落ち着いた様子で話を進めた。 「“padre”」 「・・・」 「そいつらは、ツナのことをそう呼ぶだろう?」 「ええ―――神父とか、お父さんとかって意味があるんですよね?」 「そう。ちなみに、その“お父さん”は、どういう意味での“父”だと思う?」 「どういう意味って・・・生みの親、じゃないんですか・・・?」 「万物の父、創造主、そんな意味の“父”だ」 一瞬、本気で言われた意味が分からなかった。 いつの間にか、綱吉の左右の手の上に、精緻に作り上げられた一寸の狂いもない造形をした白い小さな手が置かれている。 視線をそちらに下げれば、何百年と時を経たかのような、深い色合いの二対の宝玉が無心の眼差しで見上げてきていて。 それはまるで、親に縋る幼子のごとき真摯な瞳。 ―――ああ、嘘だろう? 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