お届け物です。 そこは暖かくて、明るくて。 小川が流れていて、草花があって、木があって、鳥もいた。 恐らく、人が見て美しいと思う全てがあった。 唯一、自由を除いて。 美しいけれど、まるで巨大な鳥籠のような場所。 そこには、7つの玩具があって、それだけが唯一の遊び相手だった―――。 ふっと、綱吉は目を開けた。 自分を覗き込んでいる青玉と黒曜石の二対の瞳が、真っ先に視界に飛び込んでくる。 どうやら自分は、キングサイズのベッドの中央に寝かされ、ベッドの上に乗り上げた子供らに左右から覗き込まれているらしい。 その状況を朧気に理解しながら、少しだけ掠れた声で言葉を紡いだ。 「リボーン、コロネロ・・・?俺・・・」 「襲撃の後、倒れたんだぞ」 「気分はどうだコラ」 「え・・・?うん、大丈夫」 ただ、ちょっとふわふわとした感覚があるだけ―――。BR> そう言って首を傾げる綱吉を見て、リボーンは小さく舌打ちをして、小さな手で色素の薄い髪を撫でると部屋を出て行った。 残ったコロネロは、ベッドに四つん這いになっていた体を倒して、綱吉の隣に潜り込んでくる。 見れば、子どもの目元が微かに赤い。 自分がどれだけ意識を失っていたのかは分からないが、その間、子供たちは寝ないで起きていたようだ。 「ゴメン、心配かけたんだな」 甘えるように、首にしなやかな腕を回してくるコロネロを抱き締めて、綱吉は子どもの耳元に囁いた。 コロネロは、それに応えるように微かに安堵の溜め息をはく。 良かった、あのまま彼の“魂”が消えてしまわないで。 そんな子どもの内心の呟きを、綱吉は知らない。 「アヴェルノの当主を呼べ」 次期ボンゴレファミリー当主の部屋から出てきた子どもの一言に、沈鬱な面持ちでソファに座っていた獄寺の表情が更に曇る。 「10代目のお加減はそれほど・・・」 「一応、用心のためだぞ」 「獄寺、そう落ち込むな。いつかは、ツナだって知らなきゃいけねーことだし、そのためにはあいつの能力も必要だ」 ソファの向かいから完全に沈み込んだ獄寺を宥めながら、ディーノはリボーンへと顔を向けた。 「だが、あいつまで来るとなると、イタリアの本拠地ががら空きになるぞ?」 「当主が全員不在でも、幹部の奴らだけで1ヶ月ぐらいならどうにか出来るだろーが。だいいち、アイツがイタリアにいたところで、何の仕事をしてるわけでもねぇし、ヴァリアーだってツナのいねーボンゴレを襲うつもりもねぇだろーしな」 「まあそれはそうなんだが・・・わかった、骸も日本へ招聘する。あいつのことだ、喜んですっ飛んでくるだろ」 早速電話をかけようとしたディーノに、リボーンは追加注文を出す。 「ついでに、パシリも連れてこいと言っておけ―――まだラルは動けねーから寝かせといてやれよ」 「パシリ―――スカルか?だが・・・」 「今更一人増えようが二人増えようが同じなんだよ」 いくら綱吉をめぐったライバルであっても、同じシリーズの兄弟。 さすがに、二人占めするのでは、残された全員が余りにも哀れである。 ぶっきらぼうなリボーンの口調の裏の心理を察して、ディーノは微かに苦笑しながらイタリアへ電話を繋いだ。 左右の腕に抱きついた子ども達をそのままに、綱吉はぼんやりと横になっていた。 綱吉は、部屋に戻ってきたリボーンにも、コロネロと同じようにしばらく抱き締めてやったあと、寝不足であろう子供たちに寝るよう促した。 けれど綱吉が寝なければ寝ないと駄々をこねられ、結局3人でベッドに逆戻りするに至ったのである。 安心しきった静かな寝息が、左右から微かに聞こえてくる。 それに耳を傾けながら、綱吉は考えていた。 恐らく、先ほどまで見ていた夢は、綱吉の記憶であって、綱吉の記憶ではない。 今までの人生の中で、あれほど美しく、あれほど閉鎖的な空間に住んだことなど一度もない。 けれど、確かに、あの空間に見覚えがある。 美しい空間。 閉じられた世界。 7つの玩具。 目を閉じれば、まざまざとそれらを思い描くことが出来た。 「なんなんだろう、あれは―――」 そう呟いて、綱吉は、子供たちの寝息に誘われるように瞼を降ろした。 次に目覚めたのは、枕元で騒がしい話し声がしたからだ。 どうやら、リボーンとコロネロが、二人がかりで誰かを苛めているらしい。 「うぅ、ひどいですよ、リボーン先輩にコロネロ先輩」 「うぜーぞパシリ」 「そうだコラ」 「リボーン、コロネロ、何してるの」 苛められているらしい子どもの泣きそうな声に、綱吉は目を開けて体を起こし、声のする方へと体を向けた。 見れば、いつの間にか起き出したリボーンとコロネロに挟まれて、真面目そうな顔をした子どもが、茶褐色の瞳を潤ませている。 その子どもは、綱吉の声を聞いて、少しビックリした顔をして、大きな瞳を更に大きくした。 「あ―――」 「・・・まさか、君も“arcobaleno”だったり・・・するよね、やっぱ」 微かに諦めの混じった綱吉の言葉が終わる前に、茶褐色の髪と瞳をした少年が、軽やかにベッドに乗り上げて上体を起こした綱吉に抱きついた。 「Padre!!」 「うわっと・・・」 綱吉は、なんとかその体を受け止めて、反射的に短い髪を撫でてやる。 その感触に、子どもの瞳が気持ちよさそうに細められた。 「君は誰?」 「俺はスカルって言います!!」 「スカル、か。俺は綱吉、沢田綱吉だよ」 会えて嬉しいと全身で伝えてくる子ども―――スカルに、自分の名前を告げながら、綱吉はふっと視線をリボーン達に向ける。 つまらない。 酷く気に入らない。 そう二人の瞳は言っていたけれど、スカルと綱吉の間に割って入ろうとはしていない。 一応、今まで会えなかった分、スカルが綱吉に甘えることを許可しているらしい。 ―――意外と、お兄ちゃんらしいところがあるんだなぁ。 勝手にスカルをリボーン達の弟と見なした綱吉は、少し微笑ましい気分になりながら、スカルノ頭を満足がいくまで撫でてやることにした。 そこは、籠というより檻だった。 昔見慣れた鳥籠よりも、狭くて、暗くて、恐ろしい場所。 瞬きをする程度の時間か、それとも海王星の公転周期ほどの時間かは判然としないけれど、その檻のような場所で過ごしたことがある。 “お前は俺のものだ” そう、とろけるほど優しく囁かれながら―――。 「ああ、やはり緩んでいますね。一体何をしたんですか、駄犬」 左右異なる色の瞳で綱吉の顔をまじまじと見つめた後、見知らぬ青年は何を考えているのか分からない笑みを浮かべてそう言った。 言われた獄寺は、珍しく反論することもなくその青年を見返して口を開く。 「言う必要のないことを言いそうになった」 「―――珍しく素直ですね。まあ、それも綱吉くんがらみならば致し方ないでしょう。・・・いつもこうだと楽で良いんですけどね」 「御託は良いから、てめーはさっさとやるべきことをしろ」 「はいはい、相変わらずですねぇ、アルコバレーノ」 「相変わらずなのはお前だろ、骸。一番遅くに目覚めただけあるな」 「跳ね馬も相変わらずですか。まったく、救いがたい方達ですねぇ」 そんな遣り取りを、綱吉はソファに身を沈めたまま夢見心地で聞いていた。 倒れて以来、まるで自分が自分ではないような浮遊感が日に日に強くなっていっている。 思考がふわふわとしていて、全てのことが現実味を帯びていないような、不思議な感覚。 自分の前にいる人間は一体誰なのか、という疑問も当然抱きはしたけれど、それを口にするのさえ億劫だった。 今、左右にはスカルとコロネロが腰掛けており、それぞれ人形のように形の綺麗な頭を綱吉の腕に寄り掛からせている。 リボーンは、綱吉の前に立つ見知らぬ男と何かを話し込んでいて、ディーノと獄寺は、その二人を挟んだ向かい側のソファに座っていた。 「ですがまぁ、間に合いそうで良かった。あと少しでも遅ければ、取り返しがつきませんでしたよ」 男はそう言いながら、綱吉の色素の薄い髪を優しい手つきで撫でる。 それが気持ちよくて目を細めれば、男の秀麗な貌が優しい笑みを象った。 自分は、この男を知っている。 何故か唐突にそう思った。 ディーノや、獄寺に感じなかった感覚を、頭でも肌でもなく、言うなれば綱吉の“魂”が感じていた。 「こんにちは、綱吉くん」 自分に向けられた、慈しみと親しみと揶揄の混じった不可思議な声。 いつかどこかで、この声を聞いたことがあるのだろうか。 それがいつ、どこでだったのかは思い出せないけれど。 「少しの間だけ目を閉じていて下さい。気を楽にして・・・そう―――」 男の声に導かれるまま、綱吉の意識は段々と拡散して―――。 そこは、籠というより檻だった。 昔見慣れた鳥籠よりも、狭くて、暗くて、恐ろしい場所。 瞬きをする程度の時間か、それとも海王星の公転周期ほどの時間かは判然としないけれど、その檻のような場所で過ごしたことがある。 “お前は俺のものだ” そう、とろけるほど優しく囁かれながら、一瞬のような数百年のような時をただ漠然と過ごした記憶。 激しい後悔と、強い使命感だけが、その記憶の中で鮮明だった。 ごめん ごめんな 俺が弱かったから・・・ でも、だから、俺が――― ―――必ず殺してあげるから。 懺悔にしては、随分と物騒な物言いだ。 そんなことを思いながら、綱吉は唐突に覚醒した。 いつかのように、奇跡のように整った顔の造形をした子供たちが、寝台に横たわった綱吉を覗き込んでいる。 ただ、気を失う前と違って、意識ははっきりとしていて、不可思議な酩酊感はなかった。 「えぇっと、オハヨウ」 天使のような子どもに三方から真剣な顔つきでじっと見つめられて、多少の居心地の悪さを感じながら、ぎこちなく挨拶をしてみる。 そんないつも通りの綱吉の様子に、やっと子供たちの顔から険しさが消えて、これまたいつも通りの不遜な態度で鼻を鳴らした。 「ふん、寝坊かダメツナ」 「な、なんだよ、起きて早々。・・・あ、そうだ!!なんかさっき、俺の知らない人がいたような気がするんだけど―――」 「おや、知らない人とは心外ですね、綱吉くん。僕と君の仲なのに」 耳触りの良い落ち着いた美声が聞こえた瞬間、綱吉の背筋を何故かぞくぞくと悪寒が走る。 どんな仲だ、どんな。 いつかもいれた突っ込みを心の中で繰り返して、部屋の入り口を見れば、意識を失う前に見た秀麗な顔立ちの―――髪型は果物だが―――男が謎めいた笑みを浮かべて立っていた。 「おい、10代目の部屋にノックも無しに入んじゃねー!」 「黙りなさい、あなたこそ、部屋の前でぎゃんぎゃん騒ぐんじゃありませんよ」 「はいはい、お互い黙れ」 その男の後ろから、獄寺とディーノも顔を出す。 獄寺はしばらく男を睨み付けた後、すぐに綱吉のベッドの側まで歩み寄ってきた。 「10代目!気付かれましたか!!お加減の方は・・・」 「うん、大丈夫だよ。ありがとう。よく分からないけど、俺、迷惑かけたみたいで・・・」 「そんなことはありません!!元はと言えば俺が悪かったんです」 「?でも・・・」 「「「ツナ」」」 綱吉の言葉を、寝台に乗り上げて彼を囲むようにして座っていた子供たちが遮る。 獄寺から視線を外してそちらを見れば、吸い込まれそうなほど深い色を宿した3対の宝石が綱吉だけを映していた。 「な、なに?」 その瞳の吸引力にたじろぎながら尋ねる綱吉を、子供たちはしばらく無言で見つめ、やがて首を振った。 「別に何でもねーぞコラ」 「え、何それ」 明らかにお前ら何か言いたそうだっただろ。 そう続けようとした綱吉の言葉は、今度は入り口に立つ男によって遮られる。 「それより綱吉くん、僕に聞きたいこととかないんですか?」 「は?え、いや・・・また、ボンゴレ関係の人かなーぐらいの認識じゃ駄目ですか?」 ぶっちゃけ、これ以上人が増えてもややこしくなるだけだし。 「駄目ですよ!ほら、名前とか名前とか名前とか」 ってか、自分で名乗れよ。 といったような呟きやら突っ込みやらはひっそりと胸に納めて、綱吉は爽やかな笑顔を浮かべてにじり寄ってきた男の勢いに軽く引きながら、溜め息混じりに名を尋ねた。 「あなたのお名前は?」 「アヴェルノの当主をしています、六道骸です。よろしくお願いしますね、次期ドン・ボンゴレ」 爽やかな笑顔だ。 それが逆に、あからさまに胡散臭いが。 とはいえ、今更、ボンゴレ関係の人間で胡散臭くない人間が登場する可能性は限りなく零に近い。 全ては、今更だ。 認めたくはないが、何だかんだ言いつつも、確実に非日常に慣れてきた綱吉である。 色々と引っ掛かる所は全て目をつぶって、一番気になることだけを笑みを浮かべたままの男に尋ねた。 「骸、さんですね。えぇっと、さっきの・・・というか、気を失う前の、催眠術紛いのアレは何ですか?」 彼のおかげで、あのふわふわとした現実味のない浮遊感が消えたのは確かだ。 胡散臭い人間ではあるが、ディーノや獄寺と同じように、綱吉に害を与える人間では無さそうである。 綱吉の質問に、彼―――六道骸は、事も無げにあっさりと答えた。 「あなたの魂を、あなたの体に固定したんですよ」 訂正。 六道骸は胡散臭い人間ではない。 ―――今まで会った人間の中で、最強の電波系だ。 Next Back |