昔々のお届け物です。


はぐれウィザードの組織「ヴァリアー」の本拠がおかれる屋敷には、組織の統括者であり当代最強と謳われるウィザード、ザンザス以外入ることが許されぬ区域がある。

そこには、2階建てほどの高さがあるガラス張りの鳥籠のような建物があって。

中には彼の異母弟―――己の意思で魂を作り出せるウィザード“神の子”がいた。


“神の子”―――彼の持つ能力に比べれば、彼の名は特に重要ではない。仮にツナヨシとしておこう―――ツナヨシは、強く望むことで、自分の望みと魂を模写したレプリカを作る魂の創り手。
彼が作り出した魂は、彼に絶対服従の従者となる。

それはつまり、決して反逆しない戦力を無尽蔵に作り出せると言うこと。

組織の拡大を図るザンザスにとって、この異母弟の異能は何よりも得難い―――恐らく彼自身に授かった能力以上に、彼にとっては天恵だった。

だから、彼は、年の離れた異母弟を幼い頃から自分の手中に収め、自分以外を見ないように教育した。
ツナヨシがザンザスに服従するのならば、ツナヨシが創りだした魂の服従するべき相手も、ザンザスとなるから。


お前が従うべきは、俺だ。
お前は俺以外に興味を抱く必要はないし、俺以外のことを考える必要はない。
お前は俺のものだ。

まるで呪いのように、何度も、何度も、幼いツナヨシに囁いた―――。

そうやって育てられたツナヨシにとって、確かに異母兄は絶対の支配者で、同時に畏怖と反抗の対象でもあった。

何しろ、彼を2歳からこの鳥籠に閉じこめている人間である。
ツナヨシはそれほど外の世界を知っているわけでもないし、異母兄以外の人間を見たことはほとんどないけれど、時折聞こえてくる屋敷の喧噪から、外の世界がどんなものかを想像することがあった。




「なぁ、お前達。外って、どんなところだと思う?」

小川のせせらぎの聞こえる緑に溢れた鳥籠の中で、草原に寝そべったツナヨシは、自身の目の前で独りでに動いている玩具達に語りかけた。

この7つの玩具こそ、ザンザスが試験的にツナヨシに与えた魂の宿り場だった。

ツナヨシの能力は、何か無機物―――特にツナヨシが気に入った物を対象に発動する。
そのための玩具はザンザスの狙い通り、鳥籠の生活に飽いて寂しがったツナヨシによって魂を与えられていた。

《お前の知らない世界を俺たちが知るかコラ!》
《いつまでもウジウジ同じこと言ってんじゃねーぞダメツナ》
《ツ、ツナ!寂しいの?》

ツナヨシの言葉に最初に反応を示したのは、金色の鬣をしたライオンと漆黒の毛並みの狼とこげ茶色の毛皮の熊だった。
ライオンと狼は尊大な様子でツナヨシをからかうが、熊はいつもそんな二人をフォローするようにツナヨシを慰める。
「だよねぇー」

ぽすん、と自分の腕に頭を落としたツナヨシの頭を、熊のぬいぐるみのほわほわとした手が撫でた。

「ありがとうスカル」
《・・・てめーパシリ、一人だけ良い子ぶってんじゃねーぞコラ!》
《・・・》
《痛いですよコロネロ先輩!リボーン先輩も無言で蹴らないで下さい〜!!》

ツナヨシの掛け値無しの笑顔を向けられたスカルに、ライオン―――コロネロと狼―――リボーンの右フックと回し蹴りが飛ぶ。
それを器用に避けながら、熊―――スカルの声が上がった。

《うるさい、ちょっとは静かにしなよ》

そんな遣り取りに、ネズミのぬいぐるみ―――マーモンの制止の声が飛ぶ。

《そうそう。ツナヨシも、無い物ねだりはしないに限りますよ。僕らがいるじゃないですか》
《ツナ、ここは嫌いか?》
ネズミの後ろから兎のぬいぐるみ―――ヴェルデや、きつねのぬいぐるみのラル達も寄ってきて、ツナヨシを慰めるように声をかけてきた。

「うん、ありがとう―――」

ツナヨシはそう言って微笑んだけれど、やはりその笑顔はどこか寂しそうなもので。
その笑顔を見て、7つの魂は思う。
外なんか見ずに、自分たちだけを見てくれていればいいのに、と。




自分を籠の中に閉じ込める異母兄は気に入らなかったが、ツナヨシにとって、彼から与えられた7つの玩具はかけがえのない友達だった。
自然のある美しい閉鎖的な鳥籠で、彼らの存在がツナヨシを孤独から掬い上げてくれていたから。

だからこそ、許せなかった。
彼らを綱吉の知らぬ目的で利用するために、彼らをツナヨシから取り上げた異母兄が。

けれど本当に許せなかったのは。


初めて異母兄以外の人間と会ったのは、異母兄に大切な友人達を取り上げられて、鳥籠の中で一人泣いていた時だ。
最初、鳥籠の外に立ってこちらを見ている人間を、異母兄以外を知らないツナヨシは人間と認識出来なかった。
けれど、ザンザスと全く異なる雰囲気を備えてはいても、ザンザスと同じような体のつくりをしていたので、ツナヨシはその人物を人と見なして呆然とした。

人だ。
あの逆らえないけれどもいけ好かないザンザスとは違う、人だ。

そう思った瞬間、ツナヨシは鳥籠と外を隔てるガラスの壁まで走り出していた。

鳥籠の向こう側にいたのは、金髪に蜂蜜色の瞳をした目も覚めるような美丈夫。
彼は、初めて見る人間に目を輝かせるツナヨシに優しく微笑んで、そのままスルリとガラスをくぐり抜けるとツナヨシの前に立つ。

この人、向こう側が透けてる。

外の世界を知らぬツナヨシは、それが異常なことだとは思わずに、ただその美丈夫を見上げた。

《お前が、ツナヨシ?》
「は、はい」
《そっか。俺はディーノ。お前の兄貴の部下だ―――今は、部下をやってる》

何やら含みのある言い方をしながら、ディーノは太陽のように屈託無く笑う。
ツナヨシは、初めて見る人の笑顔に、人間にはそんな表情も出来るのかと、むにっと自分の頬を摘んだ。
ここには鏡がないため、ツナヨシの見たことのある表情と言えば、異母兄の凶悪な仏頂面だけなのである。

「ディーノ」
《そう、ディーノだ》

良くできましたと言わんばかりに微笑むディーノに、面食いの気のあったツナヨシは―――ほとんど一瞬で懐いた。




そしてツナヨシは知った。
自分の犯した過ちを。
自分の創りだした、この世で一番大切な子ども達が、ウィザード達を殺戮する道具に使われていることを。

彼らはツナヨシに逆らえない。
それはつまり、ツナヨシの逆らえないザンザスにも逆らえないということ。

今や、ツナヨシの創りだした子ども達は、ヴァリアーが開発していた次世代型アンドロイド “ヒトガタ” にその魂を移し替えられ、ザンザスの指示に従って対抗勢力を壊滅させる殺戮人形となっていたのである。

7色の虹の悪夢、“arcobaleno”

彼らは、ウィザードの世界で“呪われた子ども” “殺戮の申し子”と呼ばれ、多くの人間に畏怖される存在。


寂しい寂しいと泣いていた綱吉を慰めた、乱暴だけれど優しい手を血に染めて。
人形の中に無理やり移し変えられて、人を殺すことを強要されて。
彼らは、綱吉に従順な彼らは―――それに逆らう術を持たない。

許せなかった。
綱吉から大切な友人であり子ども達を奪い取った異母兄が。
彼らを綱吉の知らぬ目的で利用するために、彼らをツナヨシから取り上げた異母兄が。

けれど本当に許してはならないのは。

無知であった自分自身。
兄の目的を知ろうともせず、寂しさに任せて彼らを作り出してしまった自分こそが。


何よりも誰よりも一番許せなかった。


「そんな・・・リボーン達が、そんな・・・ことに・・・」

話を聞いて顔色を無くして地面にへたり込んだツナヨシは、ディーノや他の反対派達が危惧していた異母兄と同じ残虐性は持ち合わせていないらしい。

ザンザスの強引と言うにはあまりにも酷なやり方に、もともと力のみで統制されていたヴァリアーの組織内で、反対派が結成されるのは自然な流れだった。
その反対派が、綱吉と接触するようになるまで成長するにはそれなりの年月を要したが。

ザンザスと似ても似つかない、柔らかな雰囲気の顔立ちの、幼い子ども。
ヴァリアーの中でも、綱吉は秘蔵っ子と呼ばれ、その存在は知られていたが、誰一人としてその姿を見たことのある者はいなかった。
だから、誰もが、“あの”虹の子どもを生み出した綱吉を、内心ではかなり警戒していたのである。

焔の中に、無表情で立ち尽くし、周囲を血で染めていく殺戮兵器“arcobaleno”。 腕をもがれようと、腹に風穴が開こうと、頭蓋を吹っ飛ばされようと、何事もなかったかのように対象を屠る、美しい造形の悪魔。
その姿は味方にさえ恐怖を与えるには十分なもので。

ディーノは、そんな“ヒトガタ”の生みの親とは思えぬ目の前の子どもに視線を下ろした。
そして、自分の知らぬ事実に衝撃を受けて、顔面を蒼白にしている子どもに視線を合わせるように少し体を曲げる。

《今、俺は仲間の能力で魂だけで移動している。だから、物質に干渉出来ないし、お前の肉体を連れ出してやることも出来ない。だが、お前の同意があれば、お前の魂をここから出してやることは出来る―――時間は限られるけどな。ツナ、アイツらに会いたいか?・・・いや、会ってやってくれないか?》
「ホントですか!?会えるんですか!!リボーン達に!!いま、今どこにいるんです!?」

ディーノの言葉に立ち上がったツナヨシは、そのままの勢いで彼の腕を掴もうとして失敗する。
手首を掴もうとした手が、スルリと手首を通過したのだ。

「・・・」
《言っただろう?物質に干渉出来ないって》

きょとん、とすり抜けた自分の手を眺めるツナヨシに苦笑しながら、ディーノはツナヨシの胸―――心臓のあたりに手をかざして、何かを引っ張るような仕草をした。
その途端、何かに引っ張られるような感覚と、天地が逆さまにひっくり返るような目眩に一瞬襲われて、次いで体が軽くなったことを知覚する。

《さぁ行くぜ、時間がない。今日、ザンザスが屋敷にいないとはいえ、安心は出来ないからな》

そう言いながら、魂の状態に慣れず居心地が悪そうにあちこちを見回しているツナヨシの腕を、今度はしっかりと掴んで、ディーノはスルリと鳥籠から連れ出した。




辿り着いたのは、灰色のコンクリートに覆われた大きくて無機質な建物。
ヴァリアーの技術開発センターである。

《ここに、リボーン達がいるんですね》
《ああ。昨日、全員任務から帰ってきて、今は定期検診中だ》
《―――任務》

ツナヨシは眉を顰めて、しばらくコンクリートの塊を見上げた後、きゅっと唇を引き結んでディーノへと視線を転じた。

《連れて行って下さい。俺の、俺の子ども達の所へ》

琥珀の瞳に宿る金色の炎に、ディーノは内心で口笛を吹いた。
人を統べる迫力と瞳の力は家系なのだろう。
兄に比べると、随分と穏やかな支配力だけれども。

《―――ああ、こっちだ》

こういう統治者こそが、これから訪れるであろうウィザード界の平穏の為には必要なのではないだろうか。
漠然とそう思いながら、ディーノはセンターの最奥、厳重な警備の布かれた実験室へと歩を進めた。




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