昔々のお届け物です。


声がする。
懐かしくて、大切で、唯一の声が。
自分の名を呼ぶ、大好きなあの声が―――。

その声に応じるように、リボーンは瞼を持ち上げる。

瞼なんて、昔はなかった。
自由に動かせる四肢はあったけれど、それでは大好きな彼を守るには不十分で。
けれども、それを与えられた今は、彼に会うことすら出来ないまま、ただ抗えぬ命令に従うだけの日々。

だが、今、耳に届いている声は。

「つ、な」
《リボーン!!》

尊い生みの親の名を呟けば、幻聴ではないことを証明するように、応える声が聞こえてきた。
声の主の姿を求めて視線を彷徨わせると、リボーンが寝かされている寝台の真横に、背後の景色を透き通らせた愛しい少年の姿が視界に入る。

「ツナ、ツナ・・・」

会いたかった。
会いたかったんだ、お前に。

まるで、それしか知らない子どものように、リボーンは何度も綱吉の名を呟いた。
それに応えるように、ツナヨシは大きな瞳に涙をにじませて、何度も何度もリボーンの名を呼び返す。

何で泣くんだ。
お前を泣かせるヤツは、俺が許さないぞ。

そんなことを思ったところで、その原因に心当たりがあることに気付いた。

今、リボーンは、任務先で負った怪我の所為であちこちに包帯が巻かれている状態だ。
あのダメツナが、それを見て泣かぬはずがない。

《こんな包帯だらけで・・・》

案の定、ツナヨシはそう呟いて、痛ましそうにそして悲しそうに眉を寄せた。

「別に、これぐらいなんでもねーぞ」
《嘘つくなよ!痛くないわけ無いだろ、こんなに血が滲んでるのに・・・》

強がりを即座に否定されて、リボーンは形の良い眉を跳ね上げたが、自分のために泣くツナヨシの姿は少しだけ嬉しかったので口を噤む。

《ツナ、他の奴らがいるところにも案内するから・・・しばらく、いいか?》

やがて、ツナヨシとリボーンしかいない空間に第三者の声が響いた。
そちらに目をやれば、ツナヨシと同じく背後の景色が透けて見える男が、ひょいっと入り口から顔を覗かせている。

「てめーは、跳ね馬の・・・」

ヴァリアーの幹部の一人、跳ね馬 ディーノ。
何故ここに。
というか、なぜツナの名を呼ぶ。

ぶわっと、一気に広がったリボーンの殺気に、ツナヨシが慌てたように口を開いた。

《でぃ、ディーノさんは、俺の魂をここまで連れてきてくれて、お前達に会わせてくれたんだ!!》
「こいつが?」

確かに、魂の姿だというのなら、体が透けて見えるのもわかる。
そしてツナヨシが、あのザンザスの強力な結界の外に出られたのも。
しかし。

「それはあの変態電波ヤローの能力だろう」

リボーン達の魂を今の体に移し替えた張本人。
ヴァリアーの幹部の一人、魂の運び手 六道骸。
あの男が、ツナヨシのためになるようなことをするとは思えない。

「―――何を、考えてやがる」
《そう殺気立つな。お前の言いたいことは分かるぜ。だが―――今のところ、大丈夫だ。利害が一致しているからな》

人が殺せそうな視線を向けられても、ディーノはひらひらと手を振ってかわす。
そして、ツナヨシに次の部屋へ―――確かあそこにはコロネロが寝ている―――行くように促した。

《ツナ、時間がない。全員を起こすんだろう?》
《は、はい。・・・じゃあ、リボーン、ちょっと言ってくるから―――じっとしてるんだぞ》

言われて、心配そうにリボーンを見ながらも、ツナヨシは立ち上がって部屋を出て行った。
それを見送って、リボーンは口を開く。

「利害の一致、だと?」
《あいつは、魂の創り手に興味があるらしい。だが、今のままでは会うことは出来ない。―――会いたいんだとよ、ツナヨシに》

だから俺たちに協力しているんだ。

そう言い残して部屋を去ったディーノに向かって、リボーンは独語した。

「そんな愉快犯を協力させるあたり、お前の度胸も相当だな」

お前の行動は、この強大な組織への裏切りを意味するというのに。




体から抜け出した魂状態のツナヨシが、リボーンと同じように殺風景な暗い部屋でそれぞれ寝かされていたコロネロ、スカルを順番に目覚めさせた所で、爆発音と衝撃がヴァリアーの研究所全体を揺らした。

ツナヨシ自身は実体ではなかったために、その衝撃が如何ほどかは判然としなかったが、取り敢えず相当なものだったことは容易に想像出来る。
なにしろ、耳をつんざくような爆音と共に頑丈そうな分厚い壁に大きな亀裂が入り、部屋にあった唯一の家具である重厚なベッドが跳ねてひっくり返るくらいだ。
起き出した子ども達が平然としている方が、むしろ異常と言えよう。

《な、なに!?》
《まずいな、もう向こうに気づかれたか―――》

そして、ツナヨシが突発的な事態に戸惑いの声を上げるのと、ディーノが眉を顰めて舌打ちするのとはほぼ同時だった。
何がどうなっているのかと問おうとしたツナヨシは、その瞬間何かに強い力で引っ張られているような感覚を感じ、全ての景色が矢のような速さで遠のいていくのを視認する。
ああ、自分の体に戻るのだと、妙に冷静な頭で理解しながら―――。




意識が戻って瞼を開けると、そこは見慣れた鳥籠の中だった。
一瞬先ほどまでの出来事は夢かとも思ったが、森の向こうに見える硝煙が、ツナヨシに現実だと言うことを告げる。

「―――っ早く戻らなきゃ!マーモン達も起こさないとっ!!」

ツナヨシは、まだ起こしていない息子達の名を悲鳴のように呼びながら、身を起こして外界と鳥籠を隔てるガラスの壁に駆け寄る。

「その必要はないよ、padre」
「ええ、その通りです」

けれど―――
聞き覚えのある声は、ツナヨシの予想に反して自身の背後から聞こえてきた。
ばっと後ろを振り返れば、目深にフードをかぶった子どもと、眼鏡をかけた秀麗な子どもが、一枚の絵のように空間にとけ込みながら立っている。
その後ろに、他の子ども達よりも少しだけ小さな影―――ラルが、まったく表情のない本物の人形のような無感情な瞳でこちらを見ていた。

「マー・・・モン、に・・・ヴェルデにラル??」
「うん、そうだよツナヨシ」
「はい。お元気そうで何よりです、親愛なる父上様」

ガラスを背に呆然と息子達の名を呟くツナヨシに、二人の子どもはにっこりと無邪気に微笑んで近づいてきた。
そして、左右からふわりとツナヨシの手を握る。

それはとても優しい触れ合いであるはずなのに、ツナヨシは背筋に嫌な冷たさが過ぎるのを無視出来なかった。

「マーモン?ヴェルデ・・・?」

「逃げちゃ、駄目だよツナヨシ」
「そうですよ。外にはどんな害悪があるかしれませんからね」

ツナヨシは、彼の腕を掴んで無邪気な笑顔のままそう告げる子ども達を前に、動きを止める。

違う。
何かが―――ツナヨシの知っている彼らとは、何かが決定的に違う。

「お前達―――どうしたんだ?」

言葉が、口の中で嫌な感じにくぐもる。
そんなツナヨシの問いに、子ども達は不思議そうに小首を傾げて応えた。

「どうもしないよ?ただ―――」
「あなたを、ここから出したくないだけです」

だって、ここにいる限り、あなたは僕たちのことだけを考えてくれるでしょう―――?

だから逃がさない。
ずっとずっと、この鳥籠の中で、僕たちのことだけを考えて。

そう言って微笑む子どもを前に、ツナヨシの膝から力が抜ける。

どうしてしまったというのだろう、この子達は。
昔、昔は―――。
こんなにも露骨に自分の主張をしたりはしなかったのに。

「自我が強くなったんだよ、ツナヨシ。僕たちは、もう、君のお友達の玩具じゃないんだ」
「だって、僕たちには自由に動かせる四肢と、恵まれた豊富な才能がありますから」

望めば、何だって手に出来る。
そう、自身を創りだしたpadreさえも。

「だから、ザンザスに協力することにしたのさ。彼は、ツナヨシをここから逃がすつもりなんか無いみたいだし」
「えぇ、あの男の言いなりになるのは癪ですが―――あなたを留めておけるのならば安い代償ですよ」

側にいて。
ずっと僕たちだけのpadreでいて。
他の何かに気を取られたりしないで。

子どもたちのエゴに満ちた優しい囁きが、段々とツナヨシの中に浸透していく。
だが、ツナヨシの理性が、最後の最後で催眠に抗った。

「だめ、だ。お前達の手が、汚れるなんて―――っ」

それは、創造者としての責任を自負する言葉であり、愛しい息子達を心配する父親の叫びでもあった。
ツナヨシの言葉に、子どもたちは驚いたように僅かに瞳を見開いたが、すぐに蠱惑的な笑みを端正な顔に浮かべる。

「なぁんだ、そんなこと。今更じゃない。もう、何人も殺してきたんだ。僕も、ヴェルデも、出来損ないのラルや―――もちろんリボーン達だってね。何しろ、“呪われた子ども”だから」
「僕たちは誰をも戸惑うことなく確実に殺すことが出来ます。そして、誰も僕たちを如何なる方法によっても傷つけたり殺したり出来ない。―――僕たちを生み出した、あなたを除いて。だから最強、だから災厄、それゆえに悪夢」
「ねぇツナヨシ、そんな僕たちを生み出した君を、鳥籠の外の世界が優しく受け入れてくれると思う?」

「例え世界が受け入れなくても、俺たちが受け入れれば問題ねーぞ」

バリンと、分厚いガラスが痛々しい悲鳴を上げて砕け散り、漆黒の髪の少年がマーモンとヴェルデからツナヨシを守るように立ちはだかった。

「ダメツナ一人ぐらい、なんでもねーぞコラ」
「僕らのキャパは広いんですよ」

そう言いながら、コロネロとスカルが、地面にへたり込んだツナヨシの左右につく。

「お前達・・・」

呆然として見上げてくるツナヨシに、子ども達は不敵な笑みを浮かべると、良く通る声で言いはなった。

「「「忘れるな、お前が俺の唯一だ」」」

だから悔いるな。
だから信じろ。

だから、やがて訪れる最期の時は、お前のその手で―――。

自ら望んだことではなくとも、己の手がすでに血塗られていることくらい、知っているから。
これからも、“あの男”に命ぜられれば、簡単にこの手を汚すであろう自分を、知っているから。

その事実に、自分にとって唯一絶対の存在が、嘆き悲しむことも。

だから、その時は。

迷うことなく、お前のその手で終わらせて。

ふと、マーモンやヴェルデの後ろでただただ成り行きを見ていたラルの、全く感情の浮かんでいなかった瞳に感情の揺らぎが閃いて―――消えた。




神は人に寿命を与えた。
それは、創り手のエゴであり、優しさ。
限りある命という残酷さ。
終わりある物語という美しさ。

けれども
嗚呼、だけれども。

人が創りだした“魂”に、終わりなど与えられはしなかった。

彼らにあるのは、果てしなく続く道と、その道を閉ざす彼らの創り手だけ。




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