「もう手加減なんてしてやらねーからな、覚悟しとけよダメツナ」

闇を纏った死神は、いつの間にか端麗な造形に育った顔を鼻先が触れるほどに近づけて、そう宣言した。


発展的アルゴリズム <1>


ボンゴレ10代目が、22歳でその名を襲名してから2年―――。

体勢の新旧交代も恙なく行われていき、組織内では、徐々にボンゴレ10代目の地盤が形成されつつあった。


とは言っても、組織外では未だに「東洋人」として綱吉を軽んじる傾向がある。

その風潮を収めるために、今日も今日とて、幹部達は慌ただしく国内外を行き来していた。

他ファミリーなどへの顔見せは、綱吉自身が出向くこともあれば、ボンゴレリングを持つ守護者達がボスの名代として出向くこともある。
むしろ、綱吉よりも守護者達が出向くことの方が多かった。

だから、正確に言えば、綱吉を忙殺しようとしているのは、時差ボケという言葉さえ存在しないような分刻みの出張(しかも世界を股にかけた)ではない。

綱吉の睡眠時間を奪い取り、手を腱鞘炎一歩手前に追い込み、目を容赦なく疲労させるのは、白い悪魔―――そう、次々と到来する書類の山である。


各地の部下達から届いた報告書を始め、ボンゴレが経営する表会社の決算報告書や、他ファミリー同士の抗争についてなど(何故か何枚か婚姻届が交じっていた)、例を挙げ始めたらきりがないほどの紙が、机だけでなく近くの床にまで置かれていた。



逆にここまで書類が積み上がると、現実味が薄い。

そんな風に思いながら、集中の途切れた綱吉は、意図の不明な婚姻届で紙飛行機を折り始める。


元来、綱吉は本を―――文字の羅列を読むのがそれほど得手ではない。
鬼畜な家庭教師によって、多量の本を読ませられ、熱を出して二日寝込んだことさえあった。


「おい、ダメツナ、なにやってやがる」
「・・・えぇっと、掌のマッサージ??ほら、ずっとペンを持ちっぱなしで手が固まっちゃって―――はい、すいません、冗談です」

折りながら、後ろからかけられた声に返事をすれば、ジャキっという音ともに後頭部に冷たい銃口が当たる。
それに諸手を挙げて降参して、綱吉は自身の座る椅子を回し、後ろの出窓に座ってこちらを睥睨している「元」家庭教師と向かい合った。

「なーリボーン、ちょっとくらい休憩しても良いだろ?もう5時間くらい椅子に座りっぱなしで・・・いい加減痔になりそう・・・」
「・・・その5時間の成果が雀の涙程度の量の書類ってのは、どーいうことだ?」
「お前なぁ、全体の割合で考えるなよ?その辺に積み上がってる書類の量は、なんか人間の想像の域を出かかってるから」

確かに、綱吉が処理した書類の量も軽く300枚は超えているが、未処理の書類の量はそれを遙かに上回っている。
今まで誰か溜め込んでたんじゃないのか、そんな詮無いことを考えるほどに、書類の量は膨大だった。

「あーもう無理、休憩!!今、死ぬ気弾撃っても、俺は死ぬ気で休むからな!!」

今年で26歳になる人間とは思えない駄々のこね方に、リボーンは呆れたように溜め息をついて、その秀麗な口元に微かに苦笑を浮かべた。

「しょーがねぇヤツだな」
「―――――っ」

漆黒の死神が浮かべたその表情を見て、綱吉の言葉が詰まる。

窓からの日の光を背に、形の良い唇で弧を描き、艶やかな漆黒の瞳でこちらを見てくる少年。
それは確かに、綱吉の知っているリボーンなのだけれど。

見慣れたはずの少年が浮かべた表情に、胸の何処かが動揺した。
咄嗟に言葉が出てこない―――どころか、微かに顔が熱いところから察するに、顔を赤くしてしまったようだ。

―――嘘だろ?相手はリボーンだぞ!?

唐突に黙り込んだのを訝しんだリボーンが、出窓に腰掛けたまま上体を傾けて、こちらを覗き込んでくる。

「ツナ?」

囁かれた声に、再び心臓が跳ね上がった。

―――こいつの声、こんなだったっけ!!?

「―――え、ええっと、な、なんでもない!!俺ちょっと出てくる!!」
「おい、ツナ?」

少年の呼びかけを背に、綱吉は上気した頬のまま執務室を飛び出して、絨毯の敷かれた廊下を足早に歩いていった。


パタンと閉まった扉を見ながら、リボーンは嘆息する。
けれど、その口元には、隠しきれない愉悦の色が浮かんでいた。

「やっと、気づき始めたか?ダメツナ」
―――俺が、本気だってことに。



それからというもの、綱吉はリボーンの一挙一動に動揺しっぱなしだった。

不意に目があっては顔を赤くし、名前を呼ばれるだけで心臓が跳ね、挙げ句の果てには、書類を手渡される時に指が触れて思わず書類を落としてしまう。

「ご、ごめんっリボーン!」

綱吉は、赤くなっているであろう顔を伏せたまま、慌てて散らばった書類をかき集め、バサバサと乱雑に机の上に置いた。
そして、最低限裁可が必要な書類だけ引っ掴んで、部屋から出て行ってしまう。

「・・・お前はどこの女子中学生だ?」

呆れ混じりのリボーンの台詞は、綱吉に届くことはなかった。



書類を手に頬を染めて廊下を足早に歩くボスの姿は、ここ最近見慣れたものとしてファミリー達に認識されていた。
どうせまた、あのヒットマンに何かされたのだろう、と、誰もあえて助け船を出すことはない(あとで、リボーンに何をされるか分からないから)。

そんな綱吉が向かったのは、今日数週間ぶりに帰還した守護者の一人、雲雀恭弥が居室として使っている部屋だった。



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