愛してるって、言わなきゃ襲う −前編−


そりゃ、確かに知っているけどさ。

彼がどれくらい恥ずかしがり屋で、口下手で、どうしようもないヘタレかなんてことは。

でもさ、もう少し、もう少しだけでいいから、分かり易い愛情表現を頼むよ、スクアーロ。


だいたい、24歳の、しかも両手に余るほどの愛人を抱えている人間と、それ以上の年齢と愛人の数の人間が付き合っていながら、なぜ半年経っても未だに親愛のキス止まりなんだ。

おかしいだろ、普通に。
普通は、付き合い始めたその日に一線(も何も、この年では意味を成さないが)を超えていても不思議じゃない。


なのに。

あのヘタレ!!


一緒に眠っても、ただ抱き締めてくるだけ。
久しぶりに会っても、熱烈なディープキスをかますだけ。

甘い言葉の1つも囁きやしない。

お前はホントにイタリア男か!?
少しはあの乳牛ヒットマンとかを見習え!!

いつだって、想いを告げるのは俺から。
それに対する答えだって「ああ」だとか「おお」だとかが殆ど。

んなもん、生まれたての赤ん坊だって言えるだろ!?
お前はいくつだ!!!!

それとも、俺は遊び?
数え切れないくらいいる愛人の一人?

―――まあ、そんなわけがないことは、知っているけれど。


たまには素直になってmy darling

むしろ押し倒すくらいの根性見せて

そろそろ我慢の限界

いや、ホントに。

冗談抜きで。

―――そろそろ襲うよ?




「はぁ・・・」

ドン・ボンゴレの執務室に響いたのは、珍しいボスの溜め息。
それを聞いて、ボスの机の斜め前に据えられた秘書用の机の雲雀が顔を上げる。

「なに、報告書に不備でも?笹川や山本が締め切り超過するのは珍しくないと思うけど」

雲雀の言うとおり、綱吉の机に積み上がっている書類の半分は、今の今まで笹川や山本が溜め込んだものだった。
彼らは戦闘自体や前線指揮には長けているものの、デスクワークには向いていないらしい。
毎回毎回、本部に帰還した時に雲雀からせっつかれるまで、手元に膨大な量の書類を留めているのである。

「今のところ、不備はないです。山本達も・・・確かに、こんだけ溜め込むのもどうかとは思うんですけど・・・。別にそれはいつものことですし」
「“いつものこと”って言ってアイツらを甘やかさないでくれる?下に示しがつかないっていうのに」
「あははは」

綱吉としては、書類を見ると学生時代の補修課題を思い出す、と笑っていた親友兼部下の顔が脳裏を過ぎり、怒る気にもなれない。
昔、補修を共に乗り越えた仲だからだろうか、山本の意見には激しく同意する。
―――昔と違って、書類一枚に何百人の命が懸かっていたりするが。

「じゃあ、なんなのさ?」
「は?」
「溜め息」
「―――俺、溜め息なんて吐いてました?」
「無意識だったの?」

よっぽど重傷だね。
きょとんと、不思議そうに首を傾げる上司にそれだけ言うと、雲雀は再び手元の書類に視線を落とした。
秘書がそれ以上の会話をする気がないことを察し、綱吉も書類の決裁を再開する。



それから一時間ほどして、綱吉は、先ほどの会話などすっかり忘れて、淹れたての紅茶を飲みながら一息吐いていた。
しかし、有能な秘書はボスの一挙一動の全てを把握するつもりだったらしい。
向かい合って、同じように紅茶を啜りながら、雲雀は綱吉の溜め息について言及し始めた。

雲雀は、学生時代から比べると、随分と綱吉に対して過保護になった。
そう、まるで親鳥が、雛に口移しで食べ物を与えるように、綱吉を扱うのだ。
時折多少むずがゆいと感じるけれど、大切に想って貰って、嬉しく思わない人間が居るはずもない。

それに、雲雀の出してくれる助け船は、いつだって的確な時期に、的確な方法で出されるから。

今回だって、そうだ。

まあ、今回のは、とても個人的で、下らなくて、更に言えば雲雀に相談すべきではないことなのは、綱吉自身が一番よく知っていたが。
そうと知りながらも、雲雀以上に相談出来る人間が思い当たらなくて、殴られることを覚悟で話し始めた。



「―――君は馬鹿?」

案の定、綱吉の話を聞いた雲雀は、そう一言で切って捨てた。

「うぅ・・・」
「それとも、ただ惚気たいわけ―――この僕に?」
「ち、違います!!!」

雲雀の、何かを押し殺したような声に、綱吉は立ち上がって勢いよく否定を口にする。

「―――まぁ、そんなこと出来るほど、君は器用じゃないか」

その様子に、一瞬だけ微かに呆れたような、諦めたような、複雑な表情をした雲雀は、すぐにいつもの無表情になって溜め息を吐いた。


しばらく、豪奢な執務室に似つかわしくない、微妙な空気が流れる。


けれど、再び雲雀の口から漏れたため息を皮切りに、その空気は払拭された。

「で、つまるところ、どういうことなわけ?君はどうして欲しいの、あのロン毛に」
「雲雀さん・・・」

雲雀の優しさを利用したようで、罪悪感は拭えないが、その優しさに対する感謝がそれを上回った。
自分の手を握って、神に救いを求める子羊のような潤んだ瞳で見つめてくる綱吉に、雲雀は今度こそ諦めの溜め息を吐く。

―――惚れた弱み、これほど自分に似合わない言葉もないだろうに。



十年も側にいれば、相手が自分をどう思っているかなど、なんとなくならば分かってしまう。

特に、色恋沙汰は。

雲雀は一度としてそんな素振りを見せなかったが、伝わってくるあの感情独特の雰囲気に、綱吉も何となく察していた。

それでもお互いに、それについて言及しなかったのは。

どちらも、知っていたから。
今の関係が、二人にとって最上のものであることを。

どちらも、壊したくなかったから。
この関係を。

そしてなにより、雲雀は綱吉の胸にある想いが誰に向けられているのかを知っていたから。


S・スクアーロ。
ボンゴレの闇に属する暗殺部隊のNo.2 。
かつて、ボンゴレリングを巡って対立したことさえある男。


そして、綱吉の心を、独占し続ける男。



「どうしてそんなに悩むの。分かっていて、選んだんでしょ?」
―――僕にすれば良かったのに。そうすれば、そんなに悩むこともなかっただろうに

雲雀の、言葉にならぬ言葉を聞きながら、綱吉は苦笑した。

「いや、まあ、そうなんですけど」
「―――・・・それに、あの男が素直じゃない・・・というか、ヘタレなのは昔からみたいだし」
「うぅ・・・」
「・・・とはいえ、君が至る所で溜め息吐きながら歩き回るのも困るし。―――綱吉。良いと思うよ」
「へ?」


「襲えば?」


そう、いつだって、雲雀の助け船は的確なのだ。


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