暗躍



薄暗いバーの一角、ダークスーツを身に纏った少年が、静かにカウンターに座っている。

肩に乗ったカメレオンの緑色が、夜の闇に浮かび上がり、一種異様な雰囲気を醸し出していた。
目深にかぶった帽子のために顔は見えないが、長身の割に少し顔のラインが幼さを帯びているようにも見える。



「・・・ふん、またこんな所にいたのかコラ」

その少年の後ろに、バーの雰囲気にそぐわない迷彩柄の服を着た金髪の少年が立った。

唐突に背後に立たれたにもかかわらず、ダークスーツの少年は驚くそぶりもなく、酒を楽しんでいる。

その相変わらずな態度に肩をすくめ、金髪の少年もカウンターに座った。

「ボンゴレ幹部に裏切り者が出たんだってよ。教育がなってなかったんじゃねぇのかコラ」
「馬鹿が。オレがそんなヘマするわけねぇだろ。教育が行き届きすぎちまっただけだ」
「行き届きすぎた、ねえ。まあオレは興味ないからいいけどよ、マフィアの間ではちょっとした騒ぎになっているぞコラ。黄金の結束が破れたってな」
「それがどうした。フリーのヒットマンが口出しするようなことじゃねぇぞ」
「逐一ドン・ボンゴレの様子を情報屋に尋ねるてめぇが言うなコラ」

その後しばらく悪辣な言葉の応酬があったが、直ぐにお互いに押し黙ってしまった。



どちらも世間一般の基準からは大きく外れてはいるが、だからといってまったく人間味がないわけでない。

幼い頃から顔見知りの、彼等を唯一年相応に扱った、優しい人が永の眠りに就こうとしている。
それに拍車をかけるように、優しい人の隣に佇む暖かな男が優しい人の手を振り払った。

裏切りなど珍しくもないこの社会で、何を感傷的なことをと思うが、それでも、優しい人の事だけは例外のことのように思えて。

「あ、」

珍しく、太陽が西から昇るほどに珍しく、ややしんみりとした雰囲気となっていた二人の空気を破ったのは、金髪の少年のなんとも間の抜けた声だった。

「そういや、お前の情報屋から取り次ぎ頼まれてたんだった」
「・・・なに?バカネロ、ついに脳内中枢までショートしたのか」
「ショットだバカボン。・・・あーあった、あった、此処に連絡寄こせっつってたぞコラ」
「・・・ふぅん。いつの間におめぇと繋がりが出来たんだかな。じゃあ、オレはもう行くぞ」
「・・・おい、リボーン。てめぇ、次に会うまで死ぬんじゃねぇぞコラ」
「馬鹿か、誰に言ってる」
「今にも銃乱射しそうな馬鹿に言ってるんだぞコラ」
「はん、オレの弾はそんなに安くねぇぞ」

そう言って去っていく同業者を見ながら、その弾もお前の最愛の人間の命に比べればタダ同然なんだろうが、と思ったが、よく考えてみればそれは自分にも言えることなので、無言のまま首を振って酒を煽った。
下町の夜は深く、闇は何処までも果てしない。





ボスが実質上不在であるため、ファミリーの実務の大概は雲雀の元へと舞い込んでくる。

別にそれを苦には思わないが、愉快な気分であるはずもなく、黙々と書類を裁いていく彼の瞳にはどこまでも殺気めいた苛立ちが宿っていた。

同じ部屋で仕事をこなす雲雀の副官は、いつ上司の苛立ちのとばっちりを食らうか内心びくびくである。
紙をめくり物を書く音以外、物音がしない部屋に、『緑たなびく並盛のー大なく小なく並がいいー』というなんとものどかな着信音が響いた。
これが、日本人であったならばそののどかさに思わず吹き出しもしただろうが、悲しいかな雲雀の副官はイタリアン。
しかも心底尊敬する上司の着信音が、まさか中学・高校の校歌だとは微塵も思っていない。
むしろ日本の賛美歌だと積極的な誤解までしている。
まあ、特に支障がないから雲雀も訂正していないが。

「Pronto?」
『Ciao!』
「・・・ああ、君か。意外と早かったね」

ちなみに、電話での会話が始まった時点で、気の利く副官は部屋を退室している。

『ツナになんかあったのか』

何よりも教え子の安否を気遣う過保護な元・家庭教師に苦笑して、雲雀は椅子の背に体重をかけた。

「昨夜吐血して昏睡状態になったけど、今は落ち着いたようだね」
『・・・で、オレに何の用だ』
「今までの情報提供のツケを払って貰おうかと思って」
『ふん、上等だ』
「始末して欲しい人間がいてね。僕自身が動ければ良いんだけど、今のボンゴレじゃそうはいかない。だからフリーの君に依頼するよ」
『・・・良いだろう』
「そう、じゃあお願いするよ。詳細は、いつものファイルに入っているから」

会話を終えて電話を切り、雲雀は、随分と自分もボンゴレに入れ込んだものだとため息をついた。

いや、正しく言えば入れ込んでいるのは、ボンゴレではなくそのボンゴレを統治するドンなのだが。

「随分僕も人間らしくなったもんだね」

そう呟いて、雲雀は再び書類へと視線を戻した。





「あ、あー・・・見つかっちゃったか」
「・・・ねぇ綱吉、僕の見間違いでなければ、それ、明らかに寝間着じゃないよね」

仕事が一段落して、必要最低限ボスの裁可が必要な書類を綱吉の私室へ持ってきた雲雀は、窓の枠に足を引っかけたボスの姿に、あきれ果てて思わず手にした書類を取り落としていた。

昨夜吐血して昏睡状態になり、生死の境を彷徨ったくせに。
何をのんきに春物の服を着て外へ出ようとしているのか。
「・・・」
「・・・」
「きょ、恭弥さん・・・?」
「ボスの自覚がない云々じゃなく、死の危機感すらないようじゃ困るよ、綱吉?」

なに、それとも病気で死ぬより僕に今ここで噛み殺して欲しいのかい。

雲雀の凶悪な微笑みを見て、綱吉の頬がぴくりと引きつり、瞬時に窓枠にかけていた足を床へと降ろす。

「え、ええっとですね、その、今日は雲量0っというか快晴で・・・まあ体調もそこそこだし、春だし・・・あー・・・」

自分の行動が悪いという自覚のある綱吉の言い訳は、どこまでも要領が悪く、雲雀の呆れを増幅させるだけだった。

「綱吉、少し落ち着きなよ。・・・外に、出たかったのかい?」

コクンと頷いた綱吉の、その余りに幼い所作に、雲雀は呆れを通り越してなんとも言えない気分になった。
ふぅと吐かれた雲雀のため息をどう捉えたのか、綱吉は恐る恐ると言った様子で自分の部下(というより飼い主に近い気もするが)を見上げる。

「春とはいえ、まだ風は冷たいよ。もっと暖かい格好をしな。そうしたら、そこの中庭くらい歩かせてあげる。もちろん、僕が同行するけどね。15分ぐらいならいいだろ、シャマル?」
「ま、それくらいなら許可するよ、女王陛下と王女殿下のお望みとあれば、ね」

雲雀の問い掛けに、いつの間にか寝室の扉に寄り掛かるように立っていたシャマルが、ぽりぽりと頬を掻きながら仕方なさそうにそう言った。
ちなみに、未だにシャマルの男は看ないという主義は一貫していて、綱吉と雲雀以外の男性ファミリーは医務室に待機しているボンゴレ専属の医者が担当している。

「だ、そうだよ綱吉。さっさと上着を着なよ」
「は、はい!ありがとうございます、恭弥さん、シャマル」
「はいはい、いってこい。少しでも体調が悪くなれば、さっさと帰って来るんだぞ」

くしゃりと、まるで腕白な弟を扱うかのような手つきでシャマルは綱吉の頭を撫で、ひらひらと手を振りながら部屋を去っていった。

「ほら、早くしないと日が沈む。そうなったら、外になんて出れないよ」

そう言いながら雲雀は、自分が来ていた上着を綱吉に羽織らせ、手を引いて歩き始めた。



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